・川・海に還るのである。河童の贄を持つて来なくなつたのも、長者の富みを亡くしたのも、皆此考へに基いて居る。
役者《エキシヤ》は、役霊を駆使して、呪禁《ジユゴン》・医療の不思議を示した。ある家の主に伝はる秘法に、河童から教へられたものとするのが多い訣である。河童の場合は、接骨の法を授けたと言ふ形が、多様に岐れたらしい。金創の妙薬に、河童の伝法を説くものが多いが、古くはやはり、手脚の骨つぎを説いたものらしい。馬術の家には、落馬したものゝ為の秘法の手術が行はれた。その本縁を説明する唱言も、共に伝つた。恐らく、相撲の家にあつたものを移して、馬との関係を深めたものと思はれる。河童に結びついた因縁は、後廻しにする。
人に捉へられた河童は、其村の人をとらぬと言ふ誓文を立てる。或は其誓文は、ひき抜かれた腕を返して貰ふ為にする様になつてゐる。腕の脱け易い事も、河童からひき放されぬ、重要な条件となつてゐた時代があつたに違ひない。其が後には、妖怪の腕を切り落す形になつて行く。柳田先生は、此を河童考の力点として居られる。羅城門《ラシヤウモン》で切つた鬼の腕も、其変形で、河童から鬼に移つたのだと説かれた。此鬼と同様、高い処から、地上の人をとり去らうとする火車《クワシヤ》なる飛行する妖怪と、古猫の化けたのとの関係をも説かれた。
[#「寛永年中豐後國肥田ニテ所獲水虎寫眞…」のキャプション付きの河童の図(fig18395_06.png)入る]
其後、南方熊楠翁は、紀州日高で、河童をかしやんぼ[#「かしやんぼ」に傍点]と言ふ理由を、火車の聯想だ、と決定せられた。思ふに、生人・死人をとり喰はうとする者を、すべてくわしや[#「くわしや」に傍点]と称へた事があつたらしい。火車の姿を、猫の様に描いた本もある訣である。人を殺し、墓を掘り起す狼の如きも、火車一類として、猫化け同様の話を伝へてゐる。老女に化けて、留守を家に籠る子どもをおびき出して喰ふ話は、日本にもある。又、今昔物語以来、幾変形を経た弥三郎といふ猟師の母が、狼の心になつて、息子を出先の山で待ち伏せて喰はうとして、却て切られた越後の話などが其である。さう言ふ人喰ひの妖怪の災ひを除く必要は、特に、葬式・墓掘りの際にあつた。坊さんの知識から、火車なる語の出た順序は考へられる。江戸中期までの色町に行はれたくわしや[#「くわしや」に傍点]なる語は、用法がいろ/\ある。よび茶屋の女房を言ふ事もあり、おき屋の廻しの女を斥《サ》しても居る。くわしや[#「くわしや」に傍点]を遣り手とも言うてゐるが、後にはくわしや[#「くわしや」に傍点]よりも、やりて[#「やりて」に傍点]が行はれた。さうして、中年女を聯想したくわしや[#「くわしや」に傍点]も、やりて[#「やりて」に傍点]と替ると、婆と合点する程になつた。くわしや[#「くわしや」に傍点]の字は、花車を宛てゝゐるが、実は火車であらう。人を捉へて、引きこむ様からの名であらう。おき屋から出て、よび屋を構へたのをも、やはりくわしや[#「くわしや」に傍点]と呼んだのであらう。芝居に入つて「花車形」といはれたのは、唯の女形のふけ役の総名であつた。
[#「右ノ圖河童寫眞深川木場ニテ捕所ノモノナリ…」のキャプション付きの河童の図(fig18395_07.png)入る]
手の抜ける水妖は、あいぬ[#「あいぬ」に傍線]の間にもあつた。みんつち[#「みんつち」に傍点]と言ふ。形は違ふが、河童に当るものである。金田一京助先生は、手の抜け易い事を、草人形《クサヒトガタ》の変化《ヘンゲ》であるからだ、と説明して居られた。藁人形などの手は、皆|心《シン》は、竹や木である。草を絡んだ一本の棒を両手としてゐる。其で引けば、両方一時に抜けて来るとも言はれた。みんつち[#「みんつち」に傍点]の語自身が和人《シヤモ》のものである様に、恐らくは此信仰にも、和人の民俗を含んで居ると思ふ。
草人形が、河童になつた話は、壱岐にもある。あまんしやぐめ[#「あまんしやぐめ」に傍点]は、人の村の幸福を呪うて、善神と争うて居た。土木に関しての伝への多い、此島の善神の名は、忘れられたのであらう。九州本土の左甚五郎とも言ふべき、竹田の番匠の名を誤用してゐる。ばんじよう[#「ばんじよう」に傍点]とあまんしやぐめ[#「あまんしやぐめ」に傍点]が約束した。入り江を横ぎつて、対岸へ橋を架けるのに、若し一番鶏の鳴くまでに出来たら、島人を皆喰うてもよい、と言ふのである。三千体の藁人形を作つて、此に呪法をかけて、人として、工事にかゝつた。鶏も鳴かぬ中に、出来あがりさうになつたのを見たばんじよう[#「ばんじよう」に傍点]は、鶏のとき[#「とき」に傍点]をつくる真似を、陰に居てした。あまんしやぐめ[#「あまんしやぐめ」に傍点]は、工事を止めて「掻曲放擲《
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