をとるに到つたのである。(「あきつ神」の論参照)
草木の「ことゝひ」を成語としてくり返す事になつたのは、「新室ほぎ」から起る。其土地が如何なる神・精霊の占める所なるか知れぬ処から、其地にある庶物の精霊に退去を頼む時に、言ふ定まりになつて居た語らしい。だから根本思想は地を占める場合に、地霊を逐ふところにあるので、新に村を構える様な場合にも之を行うてゐたものと見られる。此地は昔、我等の神が「ことゝひ」によつて、おん躬らから譲らしめられた土地である。早々退散して禍ひする事なかれと言ふ様な考へ方が、とゞのつまり、建て物の言ほぎに、「ことゝひし磐ね・木ねだち・草のかき葉をも言止《コトヤ》めて」など言ふ表現法を採る事になり、記紀に地上の庶物|各《おのおの》勢を得た様の描写と形を変へて来た理由である。未開拓地の人居の安からぬ模様は、前の麻多智の伝へでもわかるが、揖保郡|林田里伊勢野《ハヤシダノサトイセヌ》の起原で見ても知れる。道教の影響が帰化人から及ぶ以前に、村や家と庶物の精霊との関係を切実に考へてゐたのである。
「まれびと」にことゝはれ[#「ことゝはれ」に傍点]た庶物の精霊は、やはり答へるのが原則であつた。語を以て答へない時は、「ほ」を以て応じた。此は「ほ」が庶物の精霊の上にも、行はれるものと解したのである。此「ことゝひ」と「ほ」とは並行して、精霊により、又おなじ精霊でも時によつて、どちらかの方便をとつてゐる。
村々の生活が段々に進んで来るに連れて、今までの定期に臨み来る常世神以外に偶然に新来する神々が増しても来、村々の精霊を握つてゐる専任神職とも言ふ位置が確立して来る。其人の自覚によつて新しく尊い神々が殖えて行つた。



底本:「折口信夫全集 4」中央公論社
   1995(平成7)年5月10日初版発行
※底本の題名の下には、「草稿」の表記があります。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2009年10月31日作成
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