覆し貯蓄金もできしなり。しかるを村吏ら強制して、至難の山路往復八里距てたる竜神大字へ合祀せしむ。さて従前に比して社費は二、三倍に嵩《かさ》むゆえに、樵夫、炭焼き輩払うことならず、払わずば社殿を焼き払い神木を伐るべしと逼《せま》られ、常に愁訴断えず。西洋には小部落ごとに寺院、礼拝堂あり、男女群集して夜市また昼市を見物し、たとい一物を買わずとも散策運動の便《たより》となり、地方繁栄の外観をも増すが常なるに、わが邦にはかかる無謀の励行で寂寥たる資材をますます貧乏せしむるも怪しむべし。
 すべて神社の樹木は、もとより材用のために植え込み仕上げたるにあらざれば、枝が下の方より張り、節多く、伐ったところが価格ははなはだ劣る。差し迫りしこともなきに、基本金を作ると称し、ことごとくこれを伐らしむるほどますます下値となる。故に神林ことごとく伐ったところが何の足しに成らず、神社の破損は心さえ用うれば少修理で方《かた》つくものなれば、大破損を待って遠方より用材を買い来て修覆するよりは、従来ごとく少破損あるごとにその神社の林中より幾分を伐ってただちにこれを修めなば事済むなり。置かば立派で神威を増し、伐らば二束三文の神林を、ことごとく一時に伐り尽させたところが、思うほどに売れず、多くは焚料《たきもの》とするか空しく白蟻を肥やして、基本金に何の加うることなき所多し。金銭のみが財産にあらず、殷紂は宝玉金銀の中に焚死し、公孫※[#「※」は「おうへん+贊」、読みは「さん」。507−13]は米穀の中に自滅せり。いかに多く積むも扱いようでたちまちなくなる、殆《あやう》きものは金銭なり。神林の樹木も神社の地面も財産なり。火事や地震の節、多大の財宝をここに持ち込み保全し得るは、すでに大倉庫、大財産なり。確固たる信心は、不動産のもっとも確かなるものたり。信心薄らぎ民に恒心なきに至らば、神社に基本金多く積むとも、いたずらに姦人の悪計を助長するのみ。要するに人民の好まぬことを押しつけて事の末たる金銭のみを標準に立て、千百年来地方人心の中点たり来たりし神社を滅却するは、地方大不繁昌の基なり。
 第四に、神社合祀は国民の慰安を奪い、人情を薄うし、風俗を害することおびただし。『大阪毎日新聞』で見しに、床次《とこなみ》内務次官は神社を宗教外の物と断言し、さて神社崇敬云々と言いおる由。すでに神を奉祀して神社といい、これを崇
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