り、ガネサの頭に継いでよりこの神今に象頭だ。これ本邦慾張り連が子孫七代いかに落ちぶれても頓着《とんじゃく》せず、わが一代儲けさせたまえと祈って油餅を配り廻り、これを食った奴の身代皆自分方へ飛んでくるように願う歓喜天《かんぎてん》また聖天《しょうてん》これなり。今もインド人この神を奉ずる事盛んで、学問や事始めや障碍《しょうげ》よけの神とし、婚式にも祀《まつ》る。障碍神《しょうげじん》毘那怛迦《びなたか》も象鼻あり。象よく道を塞《ふさ》ぎまた道を開く故、障碍除障碍神ともに象に形どったのだ。日本でも聖天に縁祖また夫婦和合を祈り、二股大根を供う(一八九六年板クルックの『北印度俗教および民俗』一巻一一一頁。アイテル『梵漢語彙』二〇二頁。『増補江戸咄』五)。その名を商家の帳簿に題し、家を立つる時祀り、油を像にかけ、餅や大根を供うるなどよく大黒祭に似る。また乳脂で※[#「火+喋のつくり」、第3水準1−87−56]《あ》げた餅を奉るは本邦の聖天|供《ぐ》の油※[#「火+喋のつくり」、第3水準1−87−56]げ餅に酷似す。その像《かたち》象首一牙で、四手に瓢と餅と斧と数珠をもち、大腹黄衣で鼠にのる(ジャ
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