ィシュヌを念ずるに一心にして妻がいかにかの一儀を勤むるも顧みず「川霧に宇治の橋姫朝な/\浮きてや空に物思ふ頃」ほかにいいのがあるんだろうと、九月一日の東京|然《ぜん》と大焼けに焼けた妻が拙者を詛《のろ》うて、別嬪《べっぴん》でも醜婦でも、一切の物、わが夫に見られたらたちまち破れおわれと詛うた。因って新産の御子に見参せぬと、聞きもおわらず、烏摩后、子自慢の余りそんな事があるものか、新産を祝いに来てその子を見ないは一儀に懸りながらキッスをしないようなものと怨むから、土星しからば御後悔ないようにと念を押してちょっと眺むると新産のガネサの頸たちまち切れて飛び失せた。わが邦にも男の持戒をいやに疑うて災を招いた例が『野史』一二六に見ゆ。永禄十二年十月武田信玄三増山の備えを小田原勢が撃って大敗した時、北条美濃守|氏輝《うじてる》、既に危うきに臨み心中に飯綱権現《いいづなごんげん》を頼み、只今助けくれたら十年間婦女を遠ざけますと誓うた。そこへ師岡某来り馬を譲り、禦《ふせ》ぎ戦う間に氏輝は免《のが》れた。帰宅後妻君がいかに思いの色を見せても構い付けずこの夫人は幾歳だったか書いていないが、その時氏輝の同母
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