だいまんだらきょう》』一には、一切悪および驚怖障難を除くに普光印と槌印を用ゆべしとある。槌を勇猛の象徴としたほど見るべし。仏教外にはエトルリアの地獄王キャルンは槌を持つ。本邦にも善相公《ぜんしょうこう》と同臥した侍童の頭を疫鬼に槌で打たれ病み出し、染殿后《そめどののきさき》を犯した鬼が赤褌に槌をさしいたといい、支那の区純《おうじゅん》ちゅう人は槌で鼠を打ったという(一八六九年板、トザーの『土耳其《トルコ》高地探究記』二巻三三〇頁。『政事要略』七〇。『今昔物語』二〇の七。『捜神後記』下)。いずれも槌がもと凶器たり、今も凶器たり得るを証する。(大正十五年九月八日記。蒙昧《もうまい》の民がいかに斧を重宝な物とし、これを羨んだかは、一八七六年板ギルの『南太平洋の神誌および歌謡』二七三頁註をみて知るべし。)ジュピテル大神、この通り違約者を雷で打てと唱えた。北欧では誓約に雷神トールの大槌ムジョルニルの名を援《ひ》いてした。それが今日競売の約束固めに槌で案《つくえ》を打つ訳である(一九一一年板ブリンケンベルグの『雷の兵器』六一頁)。
 刀鎗弓矢の盛んに用いられた世に刀鎗を神威ありとしたごとく、石器時
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