戯れに詩を作りていわく、〈宿房の大黒晨炊を侑む、合《まさ》に若耶渓《じゃくやけい》の女の眉を掃くべきに、好在《こうざい》忘心一点もなし、服はただ※[#「糸+曾」、第3水準1−90−21]布《そうふ》にして語は蛮夷なり〉。意味はよく判らないがその頃はや夷子《えびす》、大黒《だいこく》を対称しただけは判る。高田|与清《ともきよ》は『松屋筆記《まつのやひっき》』七五に大黒の槌袋に関し『無尽蔵』巻四を引きながら、巻三の僧の妻を大黒という事は気付かなんだものか。
永禄二年公家藤原某作てふ『塵塚《ちりづか》物語』巻三に卜部兼倶《うらべかねとも》説として、大黒というはもと大国主《おおくにぬし》の命《みこと》なり、大己貴《おおなむち》と連族にて昔天下を経営したもう神なり。大己貴と同じく天下を運《めぐ》りたもう時、かの大国主袋のようなる物を身に随えてその中へ旅産を入れて廻国せらるるに、その入れ物の中の糧を用い尽しぬればまた自然に満てり。それに依《よ》って後世に福神といいて尊むはこの謂《いわ》れなりと云々。しかしてその後《のち》弘法大師かの大国の文字を改めて大黒と書きたまいけるとなりと記す。大黒天は大国
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