除するは宜《よろ》しからず、かかる虫も天から福を齎《もたら》すから家に留むるがよいと考える(一八七二年板ラルストンの『露国民謡』一五五頁)。支那人は大きな牡鼠一疋を捉え小刀でそのキン玉を切り去って放てば、鼠家に満つるも殺し尽す事猫どころでないという(『増補万宝全書』巻六十)。露人もかくのごとく油虫を同士打ちで死に尽さしめ、さてその全滅を歎き悲しむ表意に、親族が死んだ時のごとく髪を乱してかの式を行うのだ。油虫ごとき害虫も家に留むれば福を齎すというはよく考えると一理あり。世界にまるで不用の物なし。多くの菌類や黴菌《ばいきん》は、まことに折角人の骨折って拵えた物を腐らせ悪《にく》むべきの甚だしきだが、これらが全くないと物が腐らず、世界が死んだ物で塞《ふさ》がってニッチも三進《さっち》もならず。そこを醗酵変化分解融通せしめて、一方に多く新たに発生する物に養分を供給するから実際一日もなくてならぬ物だ。鼠も昔より国に盗賊家に鼠と嫌われ、清少納言も、穢《きた》なげなる物、鼠の住家《すみか》、つとめて手|晩《おそ》く洗う人、『尤《もっとも》の草子《そうし》』に悪《にく》き者、物をかじる鼠、花を散らす鳥
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