議に好景気な人を指して、精魂が鼠か妖婆の加護を受くるでないかという辞《ことば》がある。
 鼠は好んで人の物を盗み匿《かく》す。西鶴の『胸算用《むねさんよう》』一に、吝嗇《りんしょく》な隠居婆が、妹に貰いし年玉金を失い歎くに、家内の者ども疑わるる事の迷惑と諸神に祈誓する。折節《おりふし》年末の煤払《すすはら》いして屋根裏を改めると、棟木《むなぎ》の間より杉原紙《すぎはらがみ》の一包みを捜し出し、見るにかの年玉金なり。全く鼠が盗み隠したと分ったとあり。幼少の頃読んだ物の名は忘れたが、浪人が家主方へ招かれ談して帰った跡で、その席に置いた金が見えず、浪人に質すと、われ貧に苦しみて盗めりとて謝罪し、早速一人娘を遊女に売って償却した。そののち大掃除をすると鼠の巣から見出した、浪人は償却しおわると直ぐ転住して行衛《ゆくえ》知れず、家主一生悔恨したとあった。支那にも『輟耕録』十一に、西域人木八剌、妻と対し食事す、妻金の肉|刺《さ》しで肉を突いて、口に入れ掛けた処へ客が来た。妻肉さしをそのまま器中に置き、茶を拵えて客に出し回って求むるに肉さしなし。今まで傍に在《い》た小婢を疑うて拷問厳しくしたが、盗んだと白状せずに死んだ。一年余りして職人に屋根を修理せしむると、失うた金の肉刺しが石に落ちて鳴った。全く誰もいない内に来た猫が肉とともに盗み去ったものと分った。世事かくのごとくなるもの多し、書して後人の鑑《かがみ》となすとあり。『竜図公案《りょうとこうあん》』四にも似た話を出し居るが、鼠の代りに人が盗み取ったとし居る。山東唐州の房瑞鸞てふ女、十六で周大受に嫁し、男可立を生んで一年めに夫が死んだ、二十二歳で若後家となり、守節十七年、可立も名のごとく立つべき年齢になったので、妻を迎えやらんと思えど、結納金乏しくて誰も嫁に来らず。時に衛思賢という富氏五十歳で妻に死に別れ、房氏の賢徳を聞いて後妻に欲しいと望む。孔子は賢を賢として色に換うというたが、この人はその名のごとく賢をも女をも思うたらしい。房氏銀三十両を結納金に貰うて衛氏に改嫁し、更にその金を結納として悴《せがれ》可立のために呂月娥てふ十八歳の婦《よめ》を迎えた。しかるに可立は一向夫婦の語らいをせずに歳を過す様子、月娥怪しんで問うと、汝を迎うる結納金は母が改嫁して得たもの故、われ稼《かせ》いでこの金を母に還した上、始めて雲雨合歓を催そうと。月
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