。曹操は過ぎた事は仕方がない、早く遁りょうと馬に乗って二里ほど逃げ伸びると、呂伯奢驢に騎し酒果携えて来り、二人の忙《いそ》ぎ走るを怪しみ何故早く去るぞ我家に豕一匹を用意した、是非一宿せよというを曹操たちまち刺し殺した。陳宮先に錯《あやま》って殺したは是非もないが、今また何で呂伯奢を殺したかと問うと、操人家に還って妻子の殺されたを見てそのままに置くべきかと答う。これより陳曹操の不仁を悪《にく》み、次の宿でその熟睡に乗じ刺し殺さんとしたが思い直してこれを捨て去り、後日|呂布《りょふ》の参謀となって曹操に殺されたとある。この話の方が『エプタメロン』の托鉢僧の譚より古いようだが、陣寿の『三国志』その他古書に見ゆるか、後代の小説に係るか只今調べ得ぬは遺憾だ。ただし『淵鑑類函』三〇九に〈初め太祖故人呂伯奢を過るや云々〉とあれば呂伯奢という人があったに論なし。
さてこの曹操呂伯奢を殺した譚に似たものが本邦にもある。いわく、大日《だいにち》という僧入宋して仏照徳光に参す。この大日は悪七兵衛景清が伯父なり。景清戦い負けて大日が所へ来る。大日|窃《ひそ》かに侍者を呼んで言いけるは景清見参疲れたり、酒を買
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