わ》りがないと知って、なるほど穴に居るより、これは一番穴――が迥《はる》かましとの断定、その頃来英中の現在文部大臣鎌田栄吉君に、何とも俺のようなむつかしい男にも妻に来る女があるだろうかと問うと、そこは破《わ》れ鍋にとじ蓋《ぶた》、ありそうなものと、三語の掾《じょう》にも比すべき短答。帰朝して六年めに四十歳で始めて娶ったが二十八歳の素女で、破れ鍋どころか完璧だった。他《かれ》十二分の標緻《きりょう》なしといえども持操貞確、案《つくえ》を挙げて眉に斉《ひと》しくした孟氏の女《むすめ》、髪を売って夫を資《たす》けた明智《あけち》の室、筆を携えて渡しに走った大雅堂の妻もこのようであったかと思わるる。殊に予の菌学を助けて発見すこぶる多ければ、今日始めて亭主たるの貴きを知ると満足し居る。前年木下(友三郎)博士予の宅に来りこの琴瑟《きんしつ》和調の体を羨み鎌田に語ると、大分参って居ると見えるといったと『伏虎会雑誌』に出た由。昔|上杉憲実《うえすぎのりざね》|遯世《とんせい》して遠竄《えんざん》せしを、主人|持氏《もちうじ》を非業に死なせた報いと噂するを聞いて、われまた以て然《しか》りとなすと言った。
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