依ってイノシシの話の原稿を早く纏《まと》めて送れという訳と解いたので、初めて気が付いてこの篇に取り掛かった。
 今村鞆君の『朝鮮風俗集』二〇八頁に「亥は日本ではイノシシであるが、支那でも朝鮮でも猪の字は豕《ぶた》の事で、イノシシは山猪と書かねば通用しない。すなわち朝鮮では今年はブタの年である。ブタの年などというと余りありがたくないが、朝鮮ではブタには日本人よりよほど敬意を表して居る。この日(正月初めの亥の日)商売初めて市を開く云々」。漢土最古の字書といわるる『爾雅《じが》』に、豕《い》の子《こ》は猪とあり。『本草綱目』にも豕の子を猪といい、豚といい、※[#「轂」の「車」に代えて「豬のへん」、282−3]というと出るから、豕和訓イ、俗名ブタの子が猪、和訓イノコだ。しかるに和漢とも後には老いたる豕も本《もと》は子であったから猪、イノコと唱えたので、家に畜《か》う家猪に対して、野生の猪を野猪また山猪、和名クサイイキ、俗称イノシシという。外国と等しく本邦にも野猪を畜って家猪に仕上げたは、遺物上その証あり。また猪飼部《いかいべ》の称や赤猪子《あかいご》てふ人名などありてこれを証す(明治三十九年版
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