うらや》み、殊に耕さずに生ずる自然粳米ありと聞いて、それが手に入ったらこんな辛労はせずに済むと百姓どもが吐息ついたので、今も凶年に竹の実をジネンコと称えて採り食らうは自然粳《じねんこう》の義で、余り旨《うま》い物でないそうだからこの世界ではとかく辛労せねば碌な物が口に入らぬと知れる。竹実の事は白井博士の『植物妖異考』上に詳し。
さて仏の命に従い、五百の乞食上りの比丘《びく》が、北洲に往って、自然成熟の粳米を採り還って満腹賞翫したので、祇陀《ぎだ》太子大いに驚き、因縁を問うと、仏答えて、過去|久遠《くおん》無量無数不可思議|阿僧祇劫《あそうぎこう》と念の入った長い大昔、波羅奈《はらな》国に仙山ありて辟支仏《びゃくしぶつ》二千余人住む。時に火星現じた。この星現ずる時|旱《ひで》りが十二年続いて作物出来ず、国必ず破るという。散檀寧と名づくる長者方へ辟支仏千人供養を求むるに、供養した。次に残りの千人が来るとまた、供養した。それから毎度供養するに五百人をして設備し接待せしめた。年歳を積んでいやになりて来りわれら五百人この乞食どものために苦労すると怨んだ。長者|恒《つね》に供養の時至るごとに一人をして辟支仏に往き請ぜしめた。この使い一|狗子《いぬ》を畜《か》い日々伴れて行った。一日使いが忘れて往かず、狗子独り往きて高声に吠え知らせたので諸大士来って食を受け、さて長者に向い最早雨降るべし、早速種植えせよと教えた。長者すなわち作人どもに命じ一切穀類を植えしむると数時間の後ことごとく瓢《ひょう》となった。長者怪しみ問うと諸大士心配するな出精して水をやれといった。水をやり続くると瓢が皆大きくなり盛える。剖《さ》いて見ると好《よ》き麦粒が満ちいる。長者大悦して倉に納《い》れると溢《あふ》れ出す。因って親族始め誰彼に分って合国一切恩沢を蒙った。五百人の者どもこれは諸大士のおかげと知って前日の悪言を謝し、来世に聖賢に遇って解脱を得んと願うた。その因縁で五百世中常に乞食となるがその改過と誓願に由って今我に遭うて羅漢となった。その時の長者は今の我で、日々使いに立った者は今の須達《しゅだつ》長者、狗子《いぬ》は吠えて諸大士を請じたから世々音声美わしく今は美音長者と生まれおり、悪言したのを改過した五百人は今この乞食上りの五百羅漢だと説いたとある。いやいやながらも接待係りを勤めたので、今生に北洲の自
前へ
次へ
全35ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング