竜と白《い》う、狗声に応じ奴を傷つく、奴刀を失し伏して地に倒る、狗ついに奴の頭を咋《く》う、然、因って刀を取って奴を斬り、婦を以て官に付しこれを殺すと。これから出たらしい噺《はなし》が本邦にもある。『峰相記』にいわく、粟賀の犬寺は当所本主秀府という高名の猟師なり、かの僕秀府の妻女を犯しあまつさえ秀府を殺して夫婦とならんと密契あり、郎従秀府を狩場へ誘い出して山中にて弓を引き矢を放たんとす、秀府が秘蔵の犬大黒小黒二疋、かの郎従に飛び掛かり左右の手を喰わえて引っ張る、秀府刀を抜き飛び掛かりて仔細を尋ぬるところにありのままに承伏す、郎従を殺害し妻妾を厭却して道心を発し出家入道す、臨終に及ぶ時男女子なき間、所帯を二疋の犬に譲り与えおわる、犬二疋死後領家の計らいとしてかの田畠を以て一院を建立《こんりゅう》し、秀府並びに二疋の犬の菩提を訪う。堂塔僧房繁昌し仏法を行ず、炎上の時、尊像十一面観音、秀府二疋の犬の影像、北山へ飛び移る。その所を崇めて法楽寺と号すと云々。犬に遺産を与えた例は西土にもある。
晋の大興二年呉人華降猟を好み、一快犬を養《こ》うて的尾と号し常に自ら随う。隆、後《のち》江辺に至り荻《おぎ》を伐る。犬暫く渚に出次す、隆大蛇に身を巻かる、犬還って蛇を咋い殺す。隆|僵《たお》れて知るところなし、犬|※[#「彳+旁」、241−16]徨涕泣《ほうこうていきゅう》走って船に還りまた草中に反《かえ》る。同伴怪しみ随い往き隆の悶絶せるを見、将《ひき》いて家に帰る。二日の間犬ために食わず、隆、蘇りてすなわち始めて飯を進む、隆愛惜親戚に同じ(『淵鑑類函』四三六)。『今昔物語』二九に、陸奥《むつ》の賤民数の狗《いぬ》を具して山に入り大木の洞中に夜を過す、夜更けて狗ども皆伏せたが、年来飼った勝《すぐ》れて賢い狗一つ急に起きて主に向って吠えやまず、後には踊り掛かって吠ゆ。太刀抜きて威《おど》せどいよいよ吠え掛かる、こんな狭い処で咋い付かれてはと思うて外へ飛び出る時、その狗主人がいた洞の上方に踊り上り物に咋い付く、さては我を咋《か》むとて吠えたでないと知って見ると洞の上から重き物落ちる。長《たけ》二丈余太さ六、七寸ばかりの蛇が頭を狗に咋われて落ちたのだった。さては我命を救うたこの犬は無上の財宝と知って狗を伴れて家に帰った。その時狗を殺したら狗も自分も犬死にすべきところじゃったとある。
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