まち調《ととの》ってジサを娶《めと》り挙国|極《きわ》めて歓呼した。古スウェーデン三大祭の一たるジサ祭はこの記念のために始められたので、かの国キリスト教に化した後も、毎年二月初めの日曜にこれを祝うて今に絶えぬと、ロイドの『瑞典小農生活《ピーサント・ライフ・イン・スエズン》』に出《い》づ。
 山羊はスウェーデンで魔の乗物と信ぜらるれど、昔は雷神トールの車|牽《ひ》きとされた(グリンムの『独逸鬼神誌《ドイチェ・ミトロギエ》』二板六三二頁)。ジサ、本名ゴア、原《もと》農産物を護《まも》る女神という。惟《おも》うにこれまた山羊を使い物としたから右様の話が出来たのであろう。
 英国の俚諺《りげん》に、三月は獅子のように来り、子羊のごとく去るというは、初め厳しく冷ゆるが、末には温かになるを指《さ》す。しかるに国に随《よ》っては、ちょうどわが邦《くに》上方《かみがた》で奈良の水取《みずとり》といって春の初めにかえって冷ゆるごとく、暖気一たび到ってまた急に寒くなる事あり。仏国の東南部でこれを老女《ばば》の次団太《じだんだ》と呼ぶ。俗伝に二月の終り三日と、三月の始め三日はほとんど毎年必ず寒気が復《かえ》って烈《はげ》しい。その訳は昔老婆あって綿羊を飼う。二月の末|殊《こと》に温かなるに遇《あ》い「二月よさようなら、汝は霜もてわが羊を殺し能《あた》わなんだ」と嘲《あざけ》った。二月、怒るまい事か三月から初め三日を借り、自分に残った末の三日と併《あわ》せて六日間強く霜を降らせてことごとくその綿羊を殺し、老女をして次団太踏ましめた。仕方がないから牝牛を買って三月末三日を余すまで無事に飼ったが、前にも懲りず三月も済んだから畏《おそ》るるに足らぬと嘲った。三月、また怒って四月からその初め四日を借り、自分の終り三日と合せて一週間の大霜を降らせ草を枯らししまったので、老女また牝牛を亡くしたそうだ。
 スペインでも三月末の数日は風雨|太《いた》く起るが恒《つね》だ。伝えて言う、かつて牧羊夫が三月に三月中天気を善くしてくれたら子羊一疋進ぜようと誓うた。かくて気候至って穏やかに、三日|経《た》たば四月になるという時、三月、牧羊夫に子羊を求むると、たちまち吝《しわ》くなって与えず。三月怒って羊は三月末より四月初めへ掛けて子を生む大切の時節と気が付かぬかと言い放ち、自分の終り三日と、四月より借り入れた三日と
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