従来記したものないよう書いたが、それは和歌山県の分だけでの事で、『紀伊続風土記』九三に、砂鉄|牟婁《むろ》郡(三重県)尾鷲《おわせ》郷に産す盆石に添えて観美なりと出づ。
 動物の分類は何たる定説なく、学者各※[#二の字点、1−2−22]その見を異にする故、どれが一番正しいという事がならぬ。がしばらく八年前出た『大英百科全書』に採用せるところに拠ると、哺乳動物、これは支那でいわゆる獣に人類を加えたものに当る。それに三群を分つ。第一単孔群は濠州辺にのみ産し、第二有嚢群は濠州とその近島と西大陸にのみ産す。第三有胎盤群に、食虫(※[#「鼬」の「由」に代えて「晏」、第3水準1−94−84]鼠《もぐら》等)、手翅(蝙蝠《こうもり》)、皮翅(インド諸島の飛狐猴《コルゴ》属)、貧歯(※[#「魚+凌のつくり」、第4水準2−93−53]鯉《りょうり》等)、齧歯《げっし》(兎鼠)、チロドンチア(現存せず)、啖肉《たんにく》(猫犬等)、鯨鯢《げいげい》、シレニア(琉球のザンノイオ等)、有蹄《ゆうてい》、それからプリマテス(第一の義で猴《さる》と人)、以上十一類あり。その第十なる有蹄獣に重ねて、挺鼻(象等)、ヒラコイデア(岩兎《ヒラクス》の属)、バリポダ、トクソドンチア、アムブリポダ、リトプテルナ、アンキロポダ、コンジラルトラ(いずれも絶滅す)、奇趾《きし》、双趾の十類を分つ。このうち双趾類というは、足の趾《ゆび》が双足の中線の両方に相対して双《なら》びあるので、豹駝《ジラフ》、鹿、牛、羊、駱駝、豚、河馬《かば》等これに属す。奇趾類とはその足趾の内、人間の中指に相応するやつが左右整等で、その他のどの趾よりも大きいので、ここにチタノテレス(全滅)、馬類、獏《ばく》類、犀《さい》類の四部あり。馬類は過去世に多くの属類ありて、東西半球に棲んだが、馬の一属を除き、ことごとく死に絶えおわった。第二図[#図省略]ヒラコテリウムは、欧州と北米に、遺骨の化石を留むる下エオシーン期の馬で、前足に四、後足に三の趾ある事、大いに現存馬属諸種の足の端に、趾一つのみあると差《ちが》う。この物は、狐より大きくなかったらしく、諸有蹄獣の元祖と見做《みな》さるる、フェナコズスを去る事遠からずというから、まずは馬類中のもっとも原始的なものであろう。
 現存する馬と同属ながら、過去世に栄えた現世化石となりおわったもの数あり。プレイストシーン期に、北米に棲んだ馬数種ありて南米まで拡がった。その遺骨が、今日アルゼンチナ等の曠野《こうや》を駈け廻る野馬によく似居るので、この野馬は南米固有のものと説く人もあるが、実は西大陸にあった馬属は過去世全滅し、今ある所は、欧州人が新世界発見後持ち渡った馬が遁《のが》れて野生となった後胤だ。インドに化石を出すエクウス・シワレンシスが、アラビヤ馬の元祖で、欧州に化石を出すエクウス・ステノニスが、北欧およびアジアの小馬の遠祖だろうという。ただし、普通の馬と別ちがたい遺骨が、欧州とアジアのプレイストシーン層より出るを見れば、現存種の馬が始めて世に出たは、よほど古い事と見える。
 さて現存の馬属の諸種を数えると、第一に馬、これに南北種の別ありて、アラブやサラブレッドが南種で、その色主に赤褐で、しばしば額に白星あり、眼※[#「穴かんむり/果」、第3水準1−89−51]《めあな》の前少しく窪む、北種はその色主に帯黄|黯褐《あんかつ》で、眼の辺に窪みなし。北欧の諸|小馬《ポニー》、蒙古の野小馬等がこれじゃ。次にアジアの野驢、これは耳大にも小にも過ぎず、尾は長い方、背条黯褐で、頭より尾に通り※[#「髟/宗」、第4水準2−93−22]《たてがみ》あり。これに二種あり。蒙古のチゲタイと、その亜種チベットのキャングは大にして赤く、西北インド、ペルシア、シリア、アラビヤ等に出るオナッガは、黄赭また鼠色がかりいる。いずれも二十から四十疋まで群れて、沙漠や高原を疾く走る。オナッガは人を見れば驚き走り、安全な場に立ち留まり、振り返って追者を眺め、人近づけばまた走り、幾度となくここまで御出《おいで》を弄す。古カルデア人、いまだ馬を用いるを知らなんだ時、これを捕えて戦車を牽《ひ》かしめた(第三図[#図省略])。『本草綱目』に、〈野驢は女直《じょちょく》遼東に出《い》づ、驢に似て色|駁《ぶち》、※[#「髟/宗」、第4水準2−93−22]尾長〉といったはチゲタイで、〈野馬は馬に似て小、今甘州粛州および遼東山中にもまたこれあり、その皮を取りて裘《かわごろも》と為《な》す、その肉を食い、いわく家馬肉のごとし、ただし地に落ちて沙に沾《ぬ》れず〉とあるは、いわゆる蒙古の野小馬《ワイルド・ポニー》一名プルシャワルスキ馬だろうが、昔は今より住む所が広かったらしい。支那最古の書てふ『山海経』に、〈旄馬《ぼうば
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