た(『郷土研究』二巻九号、寺門氏報)。それから笠井氏の報告で名高くなった阿波の首なし馬の伝説があって、盗人に首を刎《は》ねられた馬の幽霊だ。また古スウェーデンの馬怪ネックは蒼灰色の美しい馬と現じて海浜にあり、その蹄後ろ向きになりいるので判る。人知らずして騎れば、たちまち海に飛び入り溺殺す(ボーン文庫本、ケートレイの『精魅誌《フェヤリー・ミソロジー》』一六二頁)。これは海驢、海馬などいう名が支那にも欧州にもあるごとく、遠見あたかも馬様に見える海獣(例せばセイウチ)の脚が鰭状《ひれじょう》を成して後ろを向きいるから言い出たであろうが、妖鬼の足が後ろ向きという事諸国に一汎で、たとえば『大宝積経』十三に、「妖魅反足の物」、百九に、〈地獄衆生、その足反りて後ろに向く〉、『傾城反魂香《けいせいはんごんこう》』の戯曲《じょうるり》に、熊野詣りの亡者あるいは逆立ち後ろ向き、これは今もこの辺で言う。『嬉遊笑覧』八に予言をなす者後ろ仏を持つとあり。一九〇六年版『南印度種俗記《エスノグラフィク・ノーツ・イン・ザ・サウザン・インジア》』に、ラカジヴ島の物だろうとて妖巫の足後ろ向きたる像を出す。支那やインドに堤を築くとか勝利を祈るとか馬を殺し沈めて祈る事多く、日本にもその例あったものか『近江輿地誌略』八五に、浅井郡馬川は洪水の時白馬出て往来人を悩ますという。『沙石集』『因果物語』等に馬を虐待してその霊に苦しめられた譚多い。されば馬が悪鬼となって返報するも無理ならず。欧州でも、地獄の大侯ガミギンは小馬の形といい、馬怪ルー・ドラペーは小児を百五十人までその尻に載せ去って復さずという。惟《おも》うに馬頭観音が明王観音両部に属し、あるいは温和あるいは大忿怒形を現わすは、半ばは馬が人を助くる善性、半ばはこれら馬鬼の悪性を取って建立された半菩薩半鬼王だからだろう。
 宮武《みやたけ》氏が出した『此花』四枝に、紙張子の馬を腰付けて踊り走る図三を出し「ほにほろ考」を書かれた。これは寛政頃|流行《はや》り初めた物らしく「上るは下るは」と名づけたらしいとあって、馬上の唐人また武者姿で所作して見せるを、一人奇な声で、「ソリャ上るは上るは、雷の子でほにほろ/\/\下るは/\」と囃《はや》した。ホニホロはオランダ語らしいからこの腰付馬《こしつけうま》もオランダ渡来だろうと言われたが、右の引句ばかりではこの装いまた芸当を「上るは下るは」といいホニホロと言わず、ホニホロは単に囃の詞《ことば》らしく、風を含み膨《ふく》れる体を帆《ほ》に幌《ほろ》とでも讃えたのでなかろうか。馬に縁ある打球戯をポロというほかに、ホニホロらしい洋語を知らぬ。ただしこの芸当オランダから来ただろうとはほぼ中りいる。というは、昔英国の五月節会に大流行だったモリス踊《ダンス》のホッビー・ホールスとて頭と尾は木造で彩色し、胴は組み合せで騎手の腰に合せ、下に布を垂れてその脚を覆《かく》す造馬がそれによく似居る。これはもとモールス人が始めた踊りで、スペインでモリスコと呼び、仏国では十五世紀に行われて、モリスクといった。英国へはスペインから移ったらしく、十六世紀にもっとも行われた。ピュリタン徒繁昌の際五月節会とともに禁止され、王政恢復後また行われたがいつとなく廃れおわる。それを予の知己の王立考古学会員などが、再興いな三興しようと企ていたが、戦争でジャンになったらしい。とにかくホニホロなる語を舶来と思うなら、欧州諸国語でホッビー・ホールス(英語)を何というかを調べなと好事家に告げ置く。
 さてスウェン・ヘジンの『トランス・ヒマラヤ』にチベットのタシ・ルンポの元日節に、ネポール人が身の前後に燈籠各一を付け歌いながら歩む。前の燈籠は馬首、後のは馬尾を添えたから、あたかも火の点《とも》る馬に乗った体《てい》だったとあるより見れば、この類の考案は欧州特有のものでなかったろう。似た例一つ挙げんに、今は日本へも移し入れただろうが、三十年前予米国にあった時、田舎廻りの興行師が美麗な木馬を輪様に据え列ね、機械で動かせばぐるぐる駈け廻ると同時に、馬の首尾交互上下して奔馬を欺く。小児はもとより年頃の男女銭を払い時間を定め、それに乗りて歓呼|顧盻《こけい》しいた。酒ほどにはとても面白からぬ故、その遊びの名さえ聞かなんだが、今年ようやく右様の趣向も西洋独特のものでなきを知った。それ『大清一統志』巻二六四を御覧、『方輿勝覧』を引いて、四川《しせん》の大輪山、〈群峰|環《めぐ》り列なる、異人奇鬼のごとし、あるいは車に乗り蓋を張る、あるいは衣※[#「日/免」、455−9]峩冠《いべんがかん》す、あるいは帯甲のごとく、あるいは躍馬のごとく、勢い奔輪のごとき故に名づく〉。今より七百年ほど前既にかかる構思が宋人にあったのだ。

    (付) 白馬節会につい
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