》かぬまでも、興奮剤として適宜これを用うれば和悦享楽の効は必ずある。全体光線や音響と異なり、香と味は数で精測しがたいから、今日の科学で十分に解らず。したがって欧米人は嗅味の二覚は視聴の二覚より劣等だとか、香と味は絵や彫刻や音楽ほどあまねく衆人に示す事がならぬから美術とならぬとかいうが、それはわが邦の香道や茶道を知らぬ者の言で、一向話にならぬ。また動物のあるもの(例せば犬)は嗅覚甚だ精しく、人間も蛮族や不具で他の諸覚を亡《うしの》うた者が鼻で多く事を弁ずるから、鼻の鈍い者ほど上等民族だなどいう。これはある動物(例せば海狸《ビーヴァー》)は、平等制ゆえ君主政治の民が上等だというに等しく、それと同時にある動物(例せば蜂蟻)は君主制ゆえ平等政治の民が上等だといい得るを忘れた論じゃ。竜樹菩薩は寛平中藤原|佐世《すけよ》撰『日本国現在書目録』に、『竜樹菩薩和香方』一巻と出で、香道の祖と尊ばる。それもそのはずこの大士ほど香より大騒動を生じ大感化を受けた者はない。『法苑珠林』五三に竜樹の成立《なりたち》を述べて、〈南天竺国、梵志の種の大豪貴の家に出づ、云々。弱冠にして名を馳せ、擅《ほしいま》まに諸国を歩み、天文地理、星緯|図讖《としん》、および余の道術、綜練せざるは無し。友三人あり、天姿奇秀なり。相《あい》与《とも》に議して曰く、天下の理義は、神明を開悟し、幽旨を洞発し、智慧を増長す。かくのごときの事は、われら悉く達せり、更に何の方を以て、自ら娯楽せんかと。またこの言をなす。世間ただ好みて情を縦《はな》ち欲を極むるを追い求むるあり、最もこれ一生上妙の快楽なり。宜しく共に隠身の薬を求むべし。事もしかく果たさば、この願い必ず就《な》らん。咸《みな》言う、善哉、この言甚だ快しと。すなわち術処に至り、隠身の法を求む。術師念いて曰く、この四梵志は、才智高遠にして大※[#「りっしんべん+喬」、第3水準1−84−61]慢を生じ、群生を草芥とするも、今は術の故を以て、屈辱して我に就く。然れどもこの人|輩《ら》、研究博達し、知らざる所は唯だこの賤術のみ。もしその方を授くればすなわち永く棄てられん。且《しばら》くかの薬を与え、これを知らざらしめん。薬尽きなば必ず来たって、師資久しかるべしと。すなわち便《ただ》ちに各《おのおの》に青薬一丸を授け、而してこれに告げて曰く、汝この薬を持ち、水を以てこれを磨《
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