ふせ》ぐためだ」とあって、長々その理由を演《の》べ居る。すべてかくのごとく小むずかしく縺《もつ》れ絡んだ蛇の画を、護符として諸多の災害を避くるは、イタリアに限らず、例せば一切経中に見る火難|除《よ》けの符画も、熟《よく》視《み》るとやはり蛇の画だ。日本でも吾輩幼時、出雲の竜蛇、その他蛇の画符を悪魔除けとして、門戸に貼《は》ったのが多かった。リーランドいう、妖巫や邪視する人が、かく縺れ絡んだ物を見ると、線の始めから終りまで、細《くわ》しく視届けるその間に、邪念も邪視力も大いに弱り減ずる故、災難を起し得ぬ。ちょうど疳持《かんもち》の小児が、むつかしくぐずり掛かるところへ、迷宮様に道筋を引き廻した図や、縺れ解けぬ片糸を手渡せば、一心不乱にその方をほどきに懸る内、最初思い立ちいた小理窟は、忘れてしまうがごとしと。ここにいえる妖巫、英語でウィッチ、伊語でストレガ、女人殊に老女が、左道を修め鬼魅に事《つか》え、悪念を以て人畜を害する者で、中には世襲の妖巫輩出する部落も家族もある。而《しか》してその妖巫の眼力が邪視だ。本邦にも、飛騨《ひだ》の牛蒡《ごぼう》種てふ家筋あり、その男女が悪意もて睨《にら》
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