悦ぶ姿を摸したという。古今風俗の違いもあるべきが、支那より西に当って蛇を食う民を捜すと、『聖書』に爬虫類を啖う禁戒あれば、ユダヤ教やキリスト教の民でまずはない。しかるに回教を奉ずるアラビア人は、無毒の蛇を捕え頭を去り体を小片に切り串に貫き、火の上に旋《まわ》しながらレモンや塩や胡椒《こしょう》等を振り掛け食う。欧人これを試みた者いわく、腥《なまぐさ》くてならぬ故臭い消しに炙《あぶ》る前、その肉をやや久しく酢に漬け置くべし味は鰻に優るとも劣りはせんと(ピエロチの『パレスチン風俗口碑記』四六頁)。
 支那や後インドで※[#「虫+冉」、305−15]蛇肉《ぜんじゃにく》を賞翫《しょうがん》し、その胆を薬用する事は本篇の初回に述べた。プリニウス言う、エチオピアの長生人《マクロビイ》アトス山の住民等蝮を常食とし、虱《しらみ》生ぜず四百歳の寿を保つと。一六八一年に成ったフライヤーの『|東印度および波斯新話《ア・ニュウ・アッカウント・オヴ・イースト・インジア・エンド・パーシア》』一二三頁に、蝮酒は肺癆《はいろう》を治し、娼妓の疲れ痩せたるを復すといい、サウシの『随得録《コンモンプレース・ブック》』四
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