手に入らず、しかし幸いに一六〇四年版ゲスネルの『動物誌《ヒストリア・アニマリウム》』巻四にロ氏の原図を出しあるを見出した、一七六七年版ヨンストンの『魚鯨博物志《ヒストリア・ナチュラリス・デ・ピッシブス・エト・セチス》』巻五の四四頁には一層想像を逞《たくま》しゅうした図を出す、この二書に拠るに蜈蚣鯨を満足に記載したは、ただ西暦二百年頃ローマ人エリアヌス筆『動物性質記《デ・ナチュラ・アニマリウム》』十三巻二十三章あるのみで、その記にいわく、蜈蚣鯨は海より獲し事あり、鼻に長き鬚あり尾|扁《ひらた》くして蝦《えび》(または蝗《いなご》)に似、大きさ鯨のごとく両側に足多く外見あたかもトリレミスのごとく海を游《およ》ぐ事|駛《はや》しと、トリレミスとは、古ローマで細長い船の両側に長中短の櫓を三段に並べ、多くの漕手が高中低の三列に腰掛けて漕いだもので、わが邦の蜈蚣船(『常山紀談』続帝国文庫本三九八頁、清正が夫人の附人輩《つきびとら》川口にて蜈蚣船を毎晩に漕ぎ競べさせたとある)も似たものか、さてゲスネルはかかる蜈蚣鯨はインドにありといい、ヨンストンはその身全く青く脇と腹は赤を帯ぶといった、それからウェ
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