万銭を隠して蛇身を受けた話、また聖武天皇が一夜会いたまえる女に金《こがね》千両賜いしを、女死に臨み遺言して、墓に埋めしめた妄執で、蛇となって苦を受け、金を守る、ところを吉備大臣《きびのおとど》かの霊に逢いて仔細を知り、掘り得た金で追善したので、蛇身から兜率天《とそつてん》へ鞍替《くらがえ》したちゅう話など、かのインド譚から出たよう、芳賀博士の攷証本に見るは尤も千万だ。降って『因果物語』下巻五章に、僧が蛇となって銭を守る事二条あり。『新著聞集《しんちょもんじゅう》』十四篇には、京の富人溝へ飯を捨つるまでも乞食に施さざりし者、死後蛇となって池に住み、蓑《みの》着たように蛭《ひる》に取り付かれ苦しみし話を載す。
婬乱者が竜と化《な》った物語は、『毘奈耶雑事』と『戒因縁経』に出で、話の本人を妙光女とも善光女とも訳し居るが、概要はこうだ。室羅伐《スラヴァスチ》城の大長者の妻が姙《はら》んだ日、形貌《かお》非常に光彩《つや》あり、産んだ女児がなかなかの美人で、生まるる日室内明照日光のごとく、したがって嘉声《かせい》城邑《じょうゆう》に遍《あまね》かった。しかるところ相師あり、衆と同じく往き観て諸人に語る、この女後まさに五百男子と歓愛せんと、衆曰くかかる尤物《べっぴん》は五百人に愛さるるも奇とするに足らずと、三七日《さんしちにち》経て長者大歓会を為《な》し、彼女を妙光と名づけた。ようやく成長して容華《すがた》雅麗《みやびやか》に、庠序《ぎょうぎ》超備《すぐれ》、伎楽管絃備わらざるなく、もとより富家故出来得るだけの綺羅を飾らせたから、鮮明遍照天女の来降せるごとく、いかな隠遁仙人離欲の輩も、これを見ればたちまち雲を踏み外す事受け合いなり、いかにいわんや無始時来|煩悩《ぼんのう》を貯え来った年少丈夫、一瞥《いちべつ》してすなわち迷惑せざらんと長口上で讃《ほ》めて居るから、素覿《すてき》無類の美女だったらしい。諸国の大王、太子、大臣等に婚を求めたが、相師の予言を慮《おもんぱか》り、彼ら一向承引せず、ただ彼女を門窓|戸※[#「片+(戸の旧字+甫)」、第3水準1−87−69]《こゆう》より窺う者のみ多くなり、何とも防ぎようがないので、長者早く娘を嫁せんとすれど求むる者なし。時に城中に一長者ありて、七度妻を娶《めと》りて皆死んだので、衆人|綽号《あざな》して殺婦と言った。海安寺の唄に「虫も殺
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