めに布薩法を受くるかと問うと、我々竜に五事の苦しみあり、生まるる時、眠る時、婬する時、瞋《いか》る時、死ぬ時、本身を隠し得ず、また一日のうち三度皮肉地に落ち熱沙身を暴《さら》すと答う、何が一番竜の望みかと問うと、畜生道中正法を知らぬ故人間道に生まれたいと答う、もし人間に生まれたら何らを求むるかと問うと、出家が望みと答う、出家を誰に就《つ》いてすべきかと問うと、如来|応供《おうぐ》正※[#「彳+扁」、第3水準1−84−34]知、今舎衛城にあって、未度の者を度し未脱の者を脱したもう、君も就いて出家すべしと勧めたのでしからば還ろうと言うと、竜女彼に八|餅金《へいきん》を与え、これは竜金なり、君の父母|眷属《けんぞく》を足《みた》す、終身用いて尽きじと言い眼を閉じしめて神変もて本国に送り届けた、宅では商人の行伴《つれ》来りてこの家の子は竜宮へ往ってしもうたと報《しら》せたので、眷属宗親一処に聚《あつ》まり悲しみ啼《な》く、ところへまたかの者生きて還ったと告ぐる者あり、一同大歓喜で出迎え家に入って祝宴を張った、席上かの八餅金を出して父母に与え、これは竜金で截《き》り取って更に生じ一生用いて尽きず、これを以て楽《らく》に世を過されよ、ただ願わくは父母我に出家を聴《ゆる》せと望み、父母放たざるを引き放ちて祇※[#「さんずい+亘」、第3水準1−86−69]精舎《ぎおんしょうじゃ》に詣り出家したそうじゃ、竜女が殺さるるところを救うたのも、竜宮へ迎えて珍饌で饗応されたのも、殊に餅金を受けて用いれども尽きなんだ諸点が合うて居るから、『今昔物語』の話は北インドの仏説から出たに相違なく、『近江輿地誌略』三九秀郷竜宮より得た十宝中に砂金袋を列せるは、たまたま件《くだん》の餅金を得た仏話が秀郷竜宮入譚の幾分の原話たる痕《あと》を存す、『曼陀羅秘抄』胎蔵界の観音院に不空羂索《ふくうけんじゃく》あり、『仏像|図彙《ずい》』に不空羂索は七観音の一なり、南天竺の菩提流支が唐の代に訳した『不空羂索神変真言経』にこの菩薩の真言を持して竜宮に入りて如意宝珠を竜女より取り、また竜女を苦しめて涙を取り飲んで神通と長寿を得、竜女の髪を採りて身体に繋《か》け、一切天竜羅刹等を服従せしむる等の法を載す、上引の『今昔物語』の文に竜の油を以て如意を延ばすとあるは、この話の主人公たる若者が観音に仕えたとあるに因み、七観音の一
前へ
次へ
全78ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング