飭《かざ》った門あり、また暫く待って七宝で飾った宮殿を過ぎて極楽ごとき中殿に到る、六十ばかりの人微妙に身を荘《かざ》り出で来り、強いてかの男を微妙《いみじ》き帳床に坐らせ、己れは子あまたある末子なる女童この昼渡り近き池に遊ぶを制すれど聴かず、そのまま遊ばせ人に取られて死ぬべかりしを其《そこ》に来合せ命を助けたもうとこの女子に聞いた嬉しさに謝恩のため迎え申したと言って、何とも知れぬ旨《うま》い物を食わす、さて主人いわく己は竜王なり、今度《このたび》の酬《むくい》に如意の珠を進ぜんと思えど、日本人は心|悪《あ》しくて持ちたまわん事難し、因ってかの箱をというて取り寄せ開くと中に金の餅一つあり厚さ二寸ばかり、それを取り出して中より破って片破《かたわ》れを箱に入れ今一つの片破れを男に与えて、これを一度に仕《つか》わず要に随うて片端より破って仕いたまわば一生涯乏しき事あらじという、男これを懐にして今は返ろうと言うに、前《さき》の女子来て例の門に将《つ》れ出で眠らせて池辺に送り出し重ね重ね礼を述べて消え失せた、家に帰れば暫《しば》しと思う間に数日経ていた、この事を人に語らずこの金の餅の片破れを破れども破れども元のように殖《ふ》えて尽きず、入要の物に替えければ万《よろず》の物豊かに極めたる富人として一生観音に仕えたが己れ一代の後はその金餅失せて子に伝わらなんだという。芳賀博士の『考証今昔物語集』にこの話を挙げた末に巻三の十一条および浦島子伝を参閲せよとあるが、浦島子の事は誰も御承知で、『今昔物語』三の十一語は迦毘羅衛《かびらえ》の釈種《しゃくしゅ》滅絶の時、残った一人が流浪して竜池辺で困睡する所へ竜女来り見てこれを愛し夫とし、竜女の父竜王の謀《はかりごと》で妙好|白氈《はくせん》に剣を包んで烏仗那《うじゃな》国王に献じ、因って剣を操りて王を刺し代って王となり竜女を後と立てた談《はなし》で両《ふたつ》ながら本話に縁が甚だ遠い。また考証本にこの竜女を救うてその父から金餅を得た話の出処を挙げおらぬが、予は二十年ほど前に見出し置いたから出さんに、東晋の仏陀|跋※[#「足へん+它」、第3水準1−92−33]羅《ばーどら》と法顕共に訳せる『摩訶僧祇律』三十二にいわく、仏舎衛城に在《いま》す時、南方|一邑《あるむら》の商人八牛を駆って北方|倶※[#「口+多」、第3水準1−15−2]《くしゃ》国に
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