bツに走り懸ると彼奴《かやつ》今吐いた広言を忘れ精神散乱して杼も餅も落し命|辛々《からがら》逃げ走る、その餅原来尋常の餅でなく、ファッツの妻が夫の介性《かいしょう》なさに飽き果て情願《どうぞ》道中でコロリと参って再び生きて還らぬようと、餅に大毒を入れそれと勘付かれぬよう夥しく香料と砂糖を和して渡したやつだが、今象がファッツを追うて走る途上、餅の香りが余り高いのでちょっと嘗《な》め試みると至って甘いから何の考えもなく一嚥《ひとの》みにやらかしながらファッツに追い付いた、ファッツ今は詮術《せんすべ》尽き焼糞《やけくそ》になって取って還し一生懸命象に武者ぶり懸るとたん、ちょうど毒が廻って大象が倒れた、定めて小男は圧し潰されただろうと思うて一同城壁を下りて往き見ると、ファッツ平気で象の尸《しかばね》に騎《の》っており、落著《おちつき》払ってちょっと突いたらこの通り象は躯《からだ》が大きいが造作もなく殺さるるものをと言う、国王叡感斜めならず、即時彼を元帥と為《な》された、時に暴虎ありて国中を悩ますので王元帥に命じ討ち平らげしむ、ファッツ虎を見て魂身に添わず、樹上に逃げ上るとこの虎極めて気長くその下で七日まで待ち通した、八日目に草臥《くたびれ》て虎も昼寝するを見澄まし、ファッツ徐々《そろそろ》下りる音に眼を寤《さま》して飛び懸る、この時|晩《おそ》しかの時早くファッツが戦慄《ふるえ》て落した懐剣が虎の口に入って虎を殺した、怪我の高名と心付かぬ王は武勇なる者まさに笏?フ女に配すべしとて、艶色桃花のごとき妙齢の姫君を由緒|不知《しれず》のかの小男の妻に賜ったという。蕭斉訳『百喩経』に同じ話の異態を載す、昔一婦淫乱で夫を嫌い方便して殺さんとする際、君命に依って夫隣邦に使いす、妻五百の歓喜丸に毒を入れ夫に与え道中で食えという、夫旅立ちていまだ食わず夜に入り露宿すとて、猛獣を畏《おそ》れ丸を樹下に置き自ら樹上に宿す、その夜五百賊王の馬五百疋と種々の宝を盗んで樹下に来り、飢えを救わんとて各一丸ずつ食い中毒して皆死す、翌朝使人樹より下り賊の兵器もて群賊の尸に傷つけ、五百馬と宝を収め隣国王に面し、われ君のために群賊を鏖《みなごろし》にし盗まれた品ことごとく返上すと啓《もう》す、王人をして検せしむると群賊皆傷つき死せり、王大いに感じ使人に封邑を賜い重用す、王の旧臣皆この男を妬み遠方から素性の知れ
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