の関係からいろいろ理屈をいうものの、結局は自分のほうにも当該事務に関して多少とも費用がとれたり官制上人員を増加することができれば、それで妥協するような場合が非常に多いのである。
こういうことを一々例をあげて説明するときりがないし、また多少関係者に気の毒な点もあるから具体的にはいわないが、その弊害たるや容易に外部から予想しえないほどはなはだしいのである。君も官海の生活に深入りしていくとおいおいに気づかれるに違いないと思うが、今からそのつもりで覚悟していないととんだ失策をすることがありうる。他省となにか協議する場合のごときかりにも妥協譲歩の態度を示してはいけない。万一そんなことがあると上長の縄張り精神を傷つけておのずから出世の妨げになる。つまらぬことだが、よくよく気をつけないといけない。
× × ×
純真な若い役人としての君に、こんな暗い話をするのは実に不愉快ではある。しかし君も必ずや出世の希望に燃えているのだろう。ことに君の両親は君の出世の一日も早かれと神かけて祈っているに違いない。それを思うと、不愉快であるが、やはり以上のことをお耳に入れざるをえない。
実をいうと、今の××が君らに対して君らが期待するような光栄ある将来を約束しているかどうかについて、私は深い疑いをもっている。職工が特殊の技術を体得すべく努力するように、君らもおのおの得意とするところに精力を集中して、よい行政的職工になるように努力するほうがいいのかもしれない。そうして君らがその気になって出世を断念しさえすれば、君らの生活は今日からでももっと明るいものになるのかもしれない。ただ私は、今ここにこの点について、はっきりしたことを君にいいえないのをまことに遺憾とする。[#地から1字上げ](『改造』昭和六年八月号)
底本:「役人学三則」岩波現代文庫、岩波書店
2000(平成12)年2月16日第1刷発行
初出:「改造」
1931(昭和6)年8月号
入力:sogo
校正:noriko saito
2005年1月7日作成
2008年4月9日修正
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