を信じなくなり、愛しなくなります。そうして国家をしてかかる行動をなさしめるものはただ一つ「役人の頭」あるのみである。役人はその役人たる地位にあるときも普通の人間のごとく考えねばならぬ。かくしてこそ国民は彼とともに喜び、彼とともに泣くのである。ここにおいて私は、『大学』の中にある「天子より庶民に至るまですべて身を治むるをもって本となす」という言葉の意味深遠なるを思わざるをえないのです。

       一一

 以上の私の議論に対しては必ずや次のような非難がありうると思います。私の議論は全く国家の指導的職能を忘れていはしないかという疑間がすなわちそれです。しかし私はその点を忘れてはいない、否、大いに考えているのです。
 私といえども国家に指導的職能あることを認めます。そして国家がその種の職能を最も明瞭にかつ大仕掛けに実現した事例は実にわが国の明治時代だと思います。幕末に至るまで永く東海の孤島に孤独平安の夢をみながら眠っていたわが国は明治維新とともに目ざめました。目ざめてみると、われわれの外部にはわれわれがまだ一度も見たことのない物質的ないし精神的の偉大な文化の花園がひろく美しく咲きほこっ
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