特に一定の形式で表現していないけれども、実際には各自それぞれ一定の正義観を持っているのが当然であって、それが自ずから彼ら各自の解釈態度を決定し、解釈となって現れているのである。だから、学生は解釈の形で法令の知識を与えられている間に、一面、解釈技術を習得すると同時に、他面、知らず知らずの間にその教師なり著者が解釈の指標として持っている法的正義観を教え込まれることとなるのである。
 第二は、解釈法学と別に、法哲学というような形で法思想の教育が行われ、その教育を通して法的正義観が理論的に教えられているのが普通である。現在我が国で行われている法哲学の講義においては、先ず第一に法思想史が教えられているのが通例であるが、それは学生に広く法思想の変遷発展した歴史を教えて、彼らが自ずから自己の法思想に批判を加えてその法的正義観を養うことに役立つのである。次には、教師なり著者が自己の抱懐している法的正義観を理論的に展開してみせるのを通例としているが、これによって与えられる思想的訓練が、実際上法令解釈の態度にまで直接影響を及ぼすことは、従来の実情から言うと、むしろ稀である。殊に、法令解釈の具体的体験を持たない学者の法哲学には、そういう傾向が強い。
 第三に、明治このかた我が国の法学教育においては、一般に法史学と外国法が教科目に加えられているが、それらが、教育の主要部分をなしている解釈法学といかなる関係に立つかについては、時代によって考え方の変遷が認められるのみならず、現在でも、学者によって考え方が違っているように思われる。理想の法学体系を考えてみれば――後に述べるように――、法史学および比較法学の研究を通して与えられる法および法に関するデータを豊富に持つことは、我々の法に関する視野を広めるとともに、法的思惟を深めることに寄与し、それがやがて解釈法学にも、また、立法上にも非常に役立つこととなるのは勿論であるから、これらの研究および教育を、もっと法学全体との関係を考えて根本的に考え直してみる必要があるように思うのである。
 以上のように考えてみると、現在我が国の法学は、全体として何となく科学的に体系化されておらない。教育の中心をなしている解釈法学の教育にしても、ただ前々からの伝統を追って行われているだけであって、教育は本来の目的を十分に発揮していないように思われるのである。そして、このことが、特に初学者に法学の学習をむずかしい、もしくはつまらないものと感じさせる原因となり、もしくは法学そのものを非科学的に感じさせる原因になっているのではないかと私は考えている。

     四 法のあるべき姿――その理想的体系

 十 私は、法学本来のあるべき姿は、もっと科学的なものでなければならないと考えている。現在多くの大学で教えられているいろいろの教科目にしても、それら相互の間に理論的の脈絡をつけて体系立ててみれば、もっと科学の名にふさわしい法学が成り立ち、もっと学生の理性を満足せしめ得るような法学教育が行われ得るのではないかと考えている。
 以下にこの点に関する私の考えを素描すると、先ず第一に、法学の中心をなすものは「実用法学」であって、それは解釈法学と立法学とに大別されるが、その両者に通ずる科学としての本質は法政策学である。立法学は一定の政治目的のために、最もその目的に適った法令を作る科学的方法を研究する学であり、解釈法学は個々の具体的事件に適正な法的取扱いを与える科学的方法を研究する学である。科学としての解釈法学は、単に法令を形式的に解釈することを目的とする技術ではなくして、個々の具体的事件に妥当すべき法を創造することを目的としている。表面上単に法規を形式的に解釈しているように見える場合でも、実は法の創造が行われているのであって、創造を必要としない場合は、初めから解釈を要せずして法が明らかな場合にほかならない。いやしくも解釈が行われる場合には、程度の差こそあれ必ず法の創造が行われるのである。無論、法を創造すると言っても、立法によって法規が作られるのとは違う。立法の場合には、適用の対象たるべき不特定の事実を想定して抽象的な法規を作るのに反し、この場合には、与えられたる具体的事件を法的に処理するために必要な、具体的な法を、その必要の限りにおいて作るにすぎない。しかし、その法といえども、もしも他に別の同種の事件があるとすれば、それにも適用されてよいという想定の下に作られるのであって、その意味においては、なお法たる性質を有するということができる。多くの学者は今でも、一般に解釈の法創造性を認めないのを通例としている。そしてその理由として、解釈に法創造性を認めることは三権分立の政治原則を紊《みだ》るものだと言うのであるが、かくのごときは、立法における法規の定立と解釈に
前へ 次へ
全9ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
末弘 厳太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング