て、彼女を眺めた。
「わしが呼び出されたあの晩、彼女《あれ》はわしの肩に頭をあてていた。――彼女《あれ》はわしの出かけるのを心配していた。わしの方は少しも心配などしなかったのに。――それからわしが北塔へ連れて来られた時に、これがわしの袖についているのをあの人たちが見つけたのだ。『あなた方もこれはわたしに残しておいて下さるでしょうな? これはわたしの魂の脱獄には助けになるかもしれんが、体の脱獄には決して助けになることは出来んものだから。』わしはそう言ったものだった。わしはそれをよく覚えている。」
 彼はこれだけの文句を口に出せるまでには、何度も何度も脣でその文句の形をしてみたのであった。しかし、話そうとする言葉が出て来始めると、ゆっくりではあったけれども、次々に続いて出て来た。
「これはどうしてだったろうな? ――あれはあなただったのか[#「あれはあなただったのか」に傍点]?」
 彼が恐しく不意に彼女の方に振り向いたので、もう一度、二人の傍観者ははっとした。だが、彼女は彼の手に掴まえられたまま全くじっと腰掛けていて、ただ低い声でこう言った。「どうぞ、お願いでございますから、皆さま、あたく
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