している小さな悪弊に対するあらゆる種類の救治策を発見していながら、ただの一つの罪悪でも根絶しようと本気でとりかかるという救治策だけは知らない山師どもが、モンセーニュールの接見会《リセプション》で、人の心を迷わす彼等の譫語《たわごと》を手当り次第の人間の耳に注ぎ込んでいた。言葉で世界を改造している、また天に攀じ登るためのバベルの骨牌《かるた》塔★を築いている不信心な哲学者たちは、モンセーニュールによって招集されたこの驚歎すべき会合で、金属の変質ということに著目している不信心な化学者たちと話をしていた。最上等のお仕込を受けた申分のない紳士たち、この最上等のお仕込なるものは、その注意すべき時代にあっては――かつまたそれ以後今日までもそうであるが――人間的な興味のある自然な問題には一切無関心になるというそれの結果によって識別されることになっていたのであるが、そういう紳士たちは、モンセーニュールの邸宅において、最も模範的な倦怠状態にあった。こういうさまざまな名士たちがパリーという立派な世界で彼等の後に残して来た家庭の有様に至っては、そこに集ったモンセーニュールの信者たちの中にまじっている間諜《スパイ》――それはその優雅な来客の半分ほども占めていたが――でも、その社会の天使たち★の中に、態度や容姿で自分が母であるということを自認しているたった一人の人妻さえ見つけ出すことがむずかしい、ということがわかったほどであったろう。実際、一人の厄介な生物をこの世の中へ生み出すというだけの所業――それだけでは母という名前を事実として示すまでには行っていないのである――を除いては、母などというものは上流社会には知られていないのであった。百姓の女たちが野暮な赤ん坊などというものを傍において、育て上げるのであって、六十歳の婀娜なお婆さんたちは二十歳の時のように盛装し晩餐をとるのであった。
 非現実性という癩患がモンセーニュールに伺候するあらゆる人間を醜くしていた。一番外の方の室には、世の中の事態が幾分悪化しつつあるという漠然たる不安を数年前から心の中に抱いていた、半ダースの例外的な人々がいた。その事態を匡正する一つの有望な方法として、その半ダースの人間の中の半分は、痙攣教徒★という奇異な宗派の信者になっていた。そして、その時でさえ、自分たちが、口から泡を出し、暴《あば》れ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]り、呶鳴り、その場で類癇★に罹って――それによって、モンセーニュールを導くための未来へのすこぶるわかりやすい指道標を建てるのであるが――みせたものかどうかと、心の中で考えているところであった。こういう苦行僧の他《ほか》に、別の宗派へ飛び込んで行った他の三人がいた。その宗派というのは、「真理の中心」がどうのこうのという譫語《たわごと》で事態を矯正しようとするものであった。すなわち、人間は真理の中心から離れてしまっている――それは大して論証を必要としない――が、またその円周の外へは出ていない、だから、人間は、断食することと精霊を見ることとによって、その円周の外へ飛び出さぬようにしていなければならぬし、またその中心へ押し戻されさえしなければならぬ、ということを主張したのであった。従って、こういう連中の間では、精霊との談話が大いに行われ、――そして、それには、決して明瞭になっては来なかったたくさんの御利益《ごりやく》があったのである。
 しかし、幾分心の慰めにもなろうというのは、モンセーニュールの大邸宅に集ったすべての来客が一点の欠点もない服装をしていることであった。もしも最後の審判日が盛装|日《デー》であるということが確められさえしたならば、そこに集った者は誰も彼も永遠に正しいものとなれたことであろう。あのように縮らして髪粉をつけてぴんと立てた頭髪や、人工的に保持され修飾されているあのように美しい顔色や、あのように見るも華美な佩剣や、嗅覚に対するあのように鋭敏な配慮をもってすれば、確かにどんなものでもいつまでもいつまでも保たせることが出来るであろう。最上等のお仕込を受けた申分のない紳士たちは、彼等がものうげに動くたびにちりんちりんと鳴る小さな垂れ下っている飾物を身に著けていた。こうした黄金の拘束物は貴金属の小さな鈴のように鳴り響いた。そして、それの鳴り響く音や、絹や金襴や上質の亜麻のさらさら擦れる音などのために、そこの空気の中には、サン・タントワヌと彼のがつがつした飢餓とを遠くへ吹き飛ばしてしまうほどの激動があったのだ。
 服装こそはあらゆるものをそれぞれの位置に保たしめるに用いられる唯一の間違いのない護符であり呪文であった。各人は決して終ることのない仮装舞踏会のために衣服を著けているのであった。テュイルリーの宮殿★から、モンセーニュールと全宮廷とを経て、
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