お前は来るのにだいぶん永くかかったようじゃのう。」と侯爵は微笑を浮べながら言った。
「どういたしまして。私は真直に来ましたのです。」
「いや失礼! わしの言うのは、旅行に永くかかったというのじゃない。旅行をする気になるのに永くかかったというのじゃ。」
「私の手間取りましたのは、」――と甥はちょっと返答をためらって――「いろいろな用事のためでした。」
「そうだろうとも。」と垢抜けのした叔父は言った。
召使人がいる間は、それ以外の言葉は二人の間に交《かわ》されなかった。珈琲が出されて、二人だけになると、甥は、叔父を見つめて、精巧な仮面に似た顔の眼と見合いながら、話を切り出した。
「あなたもお察しのように、私の戻って参りましたのは、私が国を去りました目的を続行するためです。その目的のためには私は大きな思いがけない危険に陥りました。しかし、それは神聖な目的です。ですから、もし私がそれのために死ぬところまで行ったとしても、私はそれをやり通したろうと思います。」
「死ぬところまでということはないさ。」と叔父は言った。「死ぬところまで、などと言う必要はないよ。」
「もし私が、」と甥が返答した。「そのために死の瀬戸際まで連れて行かれたとしても、あなたがそこで私を止めてやろうと気にかけて下すったかどうか、怪しいものですねえ。」
鼻にあるあの深くなったところと、残忍な顔にあるあの細い真直な線が長くなったこととで見ると、そのことは到底望みがないと思われた。叔父はそんなことがあるものかという抗議の優雅な手振りを一つしたが、それは上品な躾から来たちょっとした形式であることは明かであったので、相手に安心を与えるようなものではなかった。
「実際のところ、」と甥が続けて言った。「私の知っている限りでは、あなたは、私を取巻いていた嫌疑を受けやすい事情に、いっそう嫌疑を受けやすい外見を与えるようにと、殊更にお骨折になったかもしれませんね。」
「いや、いや、そんなことはしないさ。」と叔父は面白そうに言った。
「しかし、それはともかく、」と甥は、深い疑惑の念をもって彼をちらりと眺めながら、再び言い始めた。「あなたの御方針がどうしてでも私に思い止らせよう、そしてそのためにはどんな手段であろうと躊躇しないというのであることは、私は承知しています。」
「のう、お前、わしはお前にそう言い聞かせたはずじゃ。」と
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