ちがパリーの学生街の学生同志で、フランス語だの、フランス法律だの、その他《ほか》大してためにもならなかったフランスのパン屑みたいな学問だのを齧《かじ》っていた頃でさえ、君はいつだって存在を認められていたし、僕はいつだって――存在を認められなかったんだ。」
「で、それは誰のせいだったのだい?」
「確かに、それが君のせいでなかったとは僕には請合《うけあ》えないんだ。君はいつだってぶつかって割込んで押し除けて突き進んで、ちっとも休まずにいるものだから、僕はどうしても銹びついてじっとしているより他《ほか》に機会がなかったのだ。だが、夜も明けかけようってのに、昔のことなんか話してるのは、陰気くさいな。僕の帰る前に何か他《ほか》の話をしてくれよ。」
「それならだ! あの美しい証人のために僕と乾杯したまえ。」とストライヴァーは自分の杯を挙げて言った。「君の嬉しい話になったろう?」
 明白にそうではなかった。というのは彼はまた陰鬱になって来たから。
「美しい証人と。」と彼は自分の杯の中を覗き込みながら呟いた。「おれには今日《きょう》昼から夜へかけてずいぶん証人があったが。君の言う美しい証人とは誰だい?」
「あの絵のように美しい医者の娘さんの、マネット嬢さ。」
「あの女が[#「あの女が」に傍点]美しい?」
「美しかあないかね?」
「ないね。」
「だって、君、あの女は満廷讃美の的《まと》だったぜ!」
「満廷讃美の的《まと》がなんだい! 誰がオールド・ベーリーを美人の審査員にしたのだね? あれは金髪のお人形というだけさ!」
「君は知らないだろうがね、シドニー、」とストライヴァー氏が、鋭い眼で彼を見ながら、また片手で自分の血色のよい顔をゆっくりと撫でながら、言った。――「君は知らないだろうがね、僕はあの時、君がその金髪のお人形に同情を寄せていたものだから、その金髪のお人形に何事が起ったか素速く見つけたんだ、と思ってたくらいなんだよ。」
「何事が起ったか素速く見つけたって! 人形だろうが人形でなかろうが、一人の女の子が人の鼻先から一二ヤードのところで気絶したんならだね、望遠鏡なしにだって見えようじゃないか。おれは君と乾杯はするが、美人だということは否定するよ。さあ、これでもうおれは飲みたくない。帰って寝るとしよう。」
 主《あるじ》が蝋燭を持って彼の後から階段のところまで送って出て、彼が階段
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