ういうあてつけを忍ぶことは出来ない、と言った。
 ストライヴァー氏はそれから自分の方の数人の証人を呼び出し、そしてクランチャー君は、次には、検事長閣下がストライヴァー氏がさっき陪審官に合せて造った衣服をそっくり裏返しにしてゆくのを、傾聴しなければならなかった。検事長閣下は、バーサッドとクライとが彼の考えていたよりも百倍も善良であり、被告が百倍も悪人であることを述べ立てた。最後に、裁判長閣下自身が立って、その衣服を時には裏返しにしたり、また時には表返しにしたりしたが、だいたいにおいて、それを被告の屍衣になるようにてきぱきと裁って型をつけて行った。
 それから今度は、陪審官たちが審議するために向うへ向き、例の大蠅がまた群って来た。
 これまであのように永い間法廷の天井を眺めながら腰掛けていたカートン氏は、この騒ぎの中にあってさえ、座席も変えなければ姿勢も変えなかった。彼の同僚弁護士のストライヴァー氏は、自分の前にある書類を一纒めにしながら、近くに腰掛けている人々と私語したり、時々は陪審官の方を心配そうにちらりと見たりしていたし、すべての観客は多少とも移動したり、新たに集団を造ったりしていたし、裁判長閣下でさえ、その席から立ち上って、壇上をゆっくりと往ったり来たりして歩いていて、観衆の心に裁判長も興奮しているのではなかろうかと疑わせないではなかったのに、この一人の男だけは、破《やぶ》けた弁護士服は半ば脱げかかったまま、また、きちんとしていないその仮髪《かつら》はちょうどさっき脱いだ後に彼の頭の上に偶然載っかったようにかぶり、両手はポケットに入れ、眼は終日そうであったように天井に向けたまま、反《そ》り返って腰掛けているのだった。彼の態度に何となく特に無頓著なようなところのあるのが、彼を不体裁に見せたばかりではなく、疑いもなく彼と被告との間に存するあの強い類似(それは、二人が見比べられた時には、彼が一時だけ真面目《まじめ》になったために、強められたのであった)を非常に減じたので、見物人の多数の者たちは、今彼に注目すると、その二人がそんなに似ているとは思えなかったはずだがと互に言い合ったくらいであった。クランチャー君はその考えを自分のすぐ隣の者に話して、それからこう言い足した。「あの男なんかにゃあ[#「あの男なんかにゃあ」に傍点]弁護の口なんざ一つも手に入《へえ》りっこねえって
前へ 次へ
全171ページ中87ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ディケンズ チャールズ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング