とか言うことがあるかい!」
 その上にまだ、「ああ! そうだよ! 手前《てめえ》はそれに信心|深《ぶけ》え人間だったな。それなら自分の亭主や子供のためにならねえようなことはしめえな、そうだろな? そうとも、手前はしねえとも!」というような文句を呶鳴ったり、ぐるぐる※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]っている彼の憤怒の囘転砥石からその他の皮肉の火花を散らしたりしながら、クランチャー君は自分の長靴磨きや出勤準備をやり出した。そうしている間に、彼の息子は、この方《ほう》の頭は父親よりは幾分柔かな忍返しを打ってあるし、その若々しい眼は父親のと同じに互にくっついていたが、言いつかった通りに母親を見張っていた。彼は時々、身支度をしている自分の寝間の物置から飛び出して来て、小さな叫び声で「おっ母《かあ》、お前《めえ》つくばろうとしてるな。――おうい、父《とう》ちゃん!」と言い、そして、そういう佯《いつわ》りの警報を発してから、親不孝なにたにた笑いを浮べながらまた自分の部屋へ飛び込んで、あの可哀そうな婦人を大いにまごつかせるのであった。
 クランチャー君の機嫌は、彼が朝食に向った時にも、ちっともよくなっていなかった。彼はクランチャー夫人が食前の祈祷をするのを特別の憎悪の念をもって憤った。
「やい、人に迷惑をかける奴め! 手前《てめえ》は何をしていやがるんだい? またあれをやってるのか?」
 彼の妻は、ただ「食事前に祝福を願った」だけだと弁明した。
「そんなこたあしてくれるな!」とクランチャー君は、あたかも女房の祈願の効験でパンの塊が消え失せてゆくのが見えはしまいかと思ってでもいるようにあたりを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]しながら、言った。「おれあ祝福してもらって家《うち》から追ん出されたかねえんだよ。おれあ祝福で自分の食物《たべもの》を食卓からふんだくられるなあ厭だ。じっとしてろ!」
 ちっとも陽気にならなかった宴会で一晩中起きてでもいたかのように、ひどく赤い眼と怖《こわ》い顔をして、ジェリー・クランチャーは、動物園の四《よ》つ足《あし》連中のように食事を前にして唸りながら、朝食を食べるというよりも噛みちらかしていた。九時近くになると、彼は苛立《いらだ》った顔付を和《やわら》げ、そして、自分の本性にかぶせられる限りの恥しからぬきちんとした外見を装《よそお》いな
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