ものには、何か特別の香味でも附いていますのですか」と、スクルージは訊ねた。
「あるね。俺自身の香味だよ。」
「それが今日のどんな御馳走にでもよく適《あ》うので御座いますか」と、スクルージは訊ねた。
「親切に出される御馳走なら、どんな御馳走にも適うのじゃ、貧しい御馳走には特に適うんだね。」
「何故貧しい御馳走に特に適うので御座いますか。」
「そう云う御馳走は別けてもそれが入用じゃからね。」
「精霊殿!」と、スクルージは一寸考えた後で云った、「私どもの周囲のいろいろな世界のありとあらゆる存在の中で、(他の物ならとにかく)貴方がこれ等の人々の無邪気な享楽の機会を奪おうとしていられると云うことは、私はどうも不思議でなりませんよ。」
「俺《わし》が?」と、精霊は叫んだ。
「七日目毎に貴方は彼等が御馳走を喫べる便宜を奪っておしまいになるんですよ。彼等がとにかく御馳走を喰べられるのはこの日位なものだと云われているその日にですね」と、スクルージは云った。「そうじゃありませんかい。」
「俺《わし》がだ!」と、精霊は叫んだ。
「貴方は七日目毎にこう云う場所を閉めさせようとしておいでになるのでしょう?」と、スクルージは云った。「だから、同じ事になるんですよ。」
「俺《わし》がそうしようと思ってるんだって?」と、精霊は大きな声で云った。
「間違っていたら御免下さい。ですが、貴方のお名前で、少なくとも貴方のお身内のお名前で、そう云う事をして居りますのです」と、スクルージは云った。
「お前方のこの世の中にはね」と、精霊は答えた、「俺《わし》達を知っているような顔をしながら、情欲、驕慢、悪意、憎悪、嫉妬、頑迷、我利の行いを俺達の名でやっている者があるんだよ。しかもそいつ等は、かつて生きていたことがないように、俺達や、俺達の朋友親戚には一面識もない奴等なんだよ。これはよく記憶《おぼ》えて置いて、彼奴等のしたことについては、彼奴等を責めるようにして、俺達を咎めてもらいたくないものだね。」
 スクルージはそうすると約束した。それから彼等は前と同じように姿を現わさないで、町の郊外へ入り込んで行った。精霊が、その巨大な体躯にも係らず、どんな場所にもらくらくとその身を適応させることが出来たと云うことは、また彼が低い屋根の下でも、どんな高荘な広間ででも振舞うことが可能であったと同じように優雅《しとやか》に、その上いかにも神変不思議の生物らしく立っていたと云うことは、彼の顕著な特質であった。(そして、その特質をスクルージは既に麺麭屋の店で気が附いていたのである。)
 精霊が真直にスクルージの書記の家へ出掛けて行ったのは、恐らくこの精霊が彼のこの力を見せびらかすことにおいて感ずる快楽のためか、それでなくば彼の持って生れた親切にして慈悲深い、誠実なる性質と、総ての貧しき者に対する同情のためかであった。何となれば、彼は実際出懸けて行った、そして自分の着物に捕《つか》まっているスクルージを一緒に連れて行った。それから戸口の敷居の上でにっこり笑って、彼の松明から例の雫を振り掛けながら、ボブ・クラチット(註、ボブはロバートの愛称である。)の住居を祝福してやろうと立ち止まった。考えても見よ! ボブは一週間に彼自身僅かに十五ボブ(註、一ボブは一シリングの俗称である。)を得るばかりであった。――彼は土曜日毎に自分の名前の僅かに十五枚を手に入れるばかりであった。――而も現在の基督降誕祭の精霊は彼の四間《よま》の家を祝福してくれたのであった。
 その時クラチット夫人すなわちクラチットの細君は二度も裏返しをした着物で、粗末ながらにすっかり身繕いをして、しかし廉《やす》くて、六ペンスにしては好く見えるリボンで華やかに飾り立てて出て来た。そして彼女は、これもまたリボンで飾り立てている二番目娘のベリンダ・クラチットに手伝わせて、食卓布をひろげた。一方では、子息のピータア・クラチットが馬鈴薯の鍋の中に肉叉を突込んだ。そして、恐ろしく大きな襯衣《シャツ》(この日の祝儀として、ボブが彼の子息にして嗣子なるピーターに授与したる私有財産)の襟の両端を自分の口中に啣えながら、我ながらいかにも華々しくめかし込んだのに嬉しくなって、流行児の集まる公園に出懸けて自分の下着を見せたくて堪らなかった。さて、二人の一層小さいクラチット達、すなわち男の児と女の児とは、麺麭屋の戸外で鵞鳥の匂いを嗅いだが、それが自分達のだと分ったと云って、きゃあきゃあ叫びながら躍り込んで来た。そして、これ等の小クラチット達はサルビヤだの葱だのと贅沢な考えに耽りながら、食卓の周囲を躍り廻って、ピータア・クラチット君を口を極めて褒めそやした。その間に彼は(襯衣の襟が咽喉を締めそうになっていたが、別段自慢もしないで)のろのろした馬鈴薯が漸く煮えくり返り
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