ような真相を知った時には、(同時に)それがどんなに強く、かつ抵抗すべからざるものであるか、あるに違いないかと云うことを知ってるんですよ。まあ今日にしろ、明日にしろ、また昨日にしても、貴方が仮りに自由の身におなんなすったとして、持参金のない娘を貴方がお選びになるなぞと云うことが、私に信じられましょうか――その女と差向いで話しをなさる時ですら、何も彼も欲得ずくで測って見ようと云う貴方がさ。それとも、一時の気紛れから貴方がその唯一の嚮導の主義に背いてその女をお選びになったところで、後ではきっと後悔したり悔んだりなさるに違いないのを、私を知らないでしょうか。私はちゃんと知っています。そして、貴方との縁を切って上げます――それはもう心から喜んで、昔の貴方に対する愛のためにね。」
 彼は何か云おうとした。が、彼女は相手に顔をそむけたまま再び言葉を続けた。
「貴方にもこれは多少の苦痛かも知れない――これまでの事を思うと、何だか本当にそうあって欲しいような気もしますがね。しかしそれもほん[#「ほん」に傍点]の僅かの間ですよ。僅かの間経てば、貴方はじきにそんな想い出は、一文にもならない夢として、喜んで抛棄しておしまいになるでしょうよ。まああんな夢から覚めて好かったと云うように思ってね。どうかまあ貴方のお選びになった生活で幸福に暮して下さいませ!」
 彼女は男の前を去った。こうして、二人は別れてしまった。
「精霊どの!」と、スクルージは云った、「もう見せて下さいますな! 自宅《うち》へ連れて行って下さいませ。どうして貴方は私を苦しめるのが面白いのですか。」
「もう一つ幻影《まぼろし》を見せて上げるのだ!」と、幽霊は叫んだ。
「もう沢山です!」と、スクルージは叫んだ。「もう沢山です。もう見たくありません。もう見せないで下さい!」
 が、毫も容赦のない幽霊は両腕の中に彼を羽翼締《はがいじ》めにして、無理矢理に次に起ったことを観察させた。
 それは別の光景でもあれば別の場所でもあった。大層広くもなく、綺麗でもないが、住心地よく出来た部屋であった。冬の煖炉の傍に一人の美しい若い娘が腰掛けていた。その娘は、自分の娘の向い側に、今では身綺麗な内儀になって腰掛けている彼女を見るまでは、スクルージも同一人だと信じ切っていた位に、前の場面に出て来たあの少女とよく似ていた。部屋の中の物音は申分のない騒々しさであった。と云うのは、心に落着きのないスクルージには数え切れないほど大勢の子供がいたからであった。あの有名な詩中(註、ウォーヅウォースの「弥生に書かれたる」と題する短詩。)の羊の群とは違って、四十人の子供が一人のように振舞うのではなく、各一人の子供が四十人のように活動するのだから溜まらない。従ってその結果は信じられないほどの賑やかさであった。が、誰もそれを気にするようには見えない。それどころか、母親と娘とはきゃっきゃっと笑いながら、それを見て非常に喜んでいた。そして、娘の方は間もなくその遊戯に加わったが、たちまち若い山賊どもに、それはそれは残酷に剥ぎ取られてしまった。私もあの山賊の一人になることが出来たら、どんな物でも呉れてやるね、きっと呉れてやるよ。とは云え、私なら決してあんなに乱暴はしないね、断じて断じて。世界中の富を呉れると云っても、あの綺麗に編んだ毛をむしゃくしゃにしたり、ぐんぐん引き解いたりはしない積りだね。それからあの貴重な小さい靴だが、神も照覧あれ! たとい自分の生命を救うためだと云っても、私はそれを無理に引っ奪《た》くるようなことはしないね。冗談にも彼等、大胆な若い雛っ子連がやったように彼女の腰に抱き着くなんてことは、私には到底出来ないことだ。そんな事をすれば、私はその罰として腰の周りに私の腕が根を生やしてしまって、もう再び真直に延びないものと予期しなければならない。然も、実際を白状すると、私は堪らなく彼女の唇に触れたかったのだ。その唇を開かせるために、彼女に言葉を懸けて見たかったのだ。その伏眼がちの眼と睫毛を見詰めながら、しかも顔を赧らめさせずに置きたかったのだ。髪の毛を解いてゆるく波打たせて見たかったのだ。その一インチでも価に積もれないほど貴重な記念品になるその髪の毛を。一口に云えば、私は、まあ白状するがね、このもっとも重大な子供の特権を有しながら、しかもその特権の価値を知っているほどの大人でありたかったのだ。
 ところが、今や入口の扉を叩く音が聞えた。すると、たちまち突貫がそれに続いて起って、彼女はにこにこ笑いながら、滅茶々々に着物を引き剥がされたまま、顔を火照らした騒々しい群れの真中に挟まれて、やっと父親の出迎いに間に合うように、入口の方へ引き摺られて行った。父親は、聖降誕祭の玩具や贈物を背負った男を伴れて戻って来たのである。次には叫喚と殺
前へ 次へ
全46ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ディケンズ チャールズ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング