たない間《うち》に、その脚は、封蝋の棒のように、中途からぽき[#「ぽき」に傍点]と折れてしまうだろうよ。
「だって、これをカムデン・タウンまで担いじゃとても行かれまい」と、スクルージは云った。「馬車でなくちゃ駄目だろうよ。」
 彼はくすくす笑いながら、それを云った。くすくす笑いながら、七面鳥の代を払った。くすくす笑いながら、馬車の代を払った。くすくす笑いながら少年に謝礼をした。そして、そのくすくす笑いを圧倒するものは、ただ彼が息を切らしながら再び椅子に腰掛けた時のそのくすくす笑いばかりであった。それから、あまりくすくす笑って、とうとう泣き出した位であった。
 彼の手はいつまでもぶるぶる慄え続けていたので、髯を[#「髯を」は底本では「髪を」]剃るのも容易なことではなかった。髯剃りと云うものは、たといそれをやりながら踊っていない時でも、なかなか注意を要するものだ。だが、彼は(この際)鼻の先を切り取ったとしても、その上に膏薬の一片でも貼って、それですっかり満足したことであろう。
 彼は上から下まで最上の晴れ着に着更えた。そして、とうとう街の中へ出て行った。彼が現在の聖降誕祭の幽霊と一緒に出て見た時と同じように、人々は今やどしどしと街上に溢れ出していた。で、スクルージは手を背後にして歩きながら、いかにも嬉しそうな微笑を湛えて通行の誰彼を眺めていた。彼は、一口に云えば、抵抗し難いほど愉快そうに見えた。そのためか、三四人の愛嬌者が、「旦那お早う御座います! 聖降誕祭お目出度う!」と声を掛けた。その後スクルージは好く云ったものだ。「今まで聞いたあらゆる愉快な音響の中でも、この言葉が自分の耳には一番愉快に響いた」と。
 まだ遠くも行かないうちに、向うから例の恰服《かっぷく》の好い紳士がこちらへやって来るのを見た。前の日彼の事務所へ這入って来て、「こちらはスクルージさんとマアレイさんの商会ですね?」と訊いたあの紳士である。二人が出会《でくわ》したら、あの老紳士がどんな顔をして自分を見るだろうかと思うと彼は胸にずきり[#「ずきり」に傍点]と傷みを覚えた。而も彼は自分の前に真直に横わっている道を知っていた。そして、それに従った。
「もしもし貴方」と、スクルージは歩調を早めて老紳士の両手を取りながら云った。「今日は? 昨日は好い工合に行きましたか。まったく御親切に有難う御座いましたね。聖降誕祭お目出とう!」
「スクルージさんでしたか。」
「そうですよ」と、スクルージは云った。「仰しゃる通りの名前ですが、どうも貴方には面白くない感じを与えましょうね? ですが、まあどうか勘弁して下さい。それから一つお願いが御座いますがね――」ここでスクルージは何やら彼の耳に囁いた。
「まあ驚きましたね!」と、かの紳士は呼吸《いき》が絶えでもしたように叫んだ。「スクルージさん、そりゃ貴方本気ですか。」
「なにとぞ」と、スクルージは云った。「それより一文も欠けず、それだけお願いしたいので。もっとも、それには今まで何度も不払いになっている分が含まれているんですがね。で、その御面倒を願われましょうか。」
「もし貴方」と、相手は彼の手を握り緊めながら云った。「かような御寛厚なお志に対しましては、もう何と申上げて宜しいやら、私には――」
「もう何も仰しゃって下さいますな」と、スクルージは云い返した。「一度来て下さい。一度手前どもへいらして下さいませんでしょうか。」
「伺いますとも」と、老紳士は叫んだ。そして、彼がその積りでいることは明白であった。
「有難う御座います」と、スクルージは云った。「本当に有難う御座います。幾重にもお礼を申上げますよ。それではお静かに!」
 彼は教会へ出掛けた。それから街々を歩き廻りながら、あちこちと忙しそうにしている人々を眺めたり、子供の頭を撫でたり、乞食に物を問い掛けたり、家々の台所を覗き込んだり、窓を見上げたりした。そして、何を見ても何をしても愉快になるものだと云うことを発見した。彼はこれまで散歩なぞが――いや、どんな事でもこんなに自分を幸福にしてくれることが出来ようとは夢にも想わなかった。午後になって、彼は歩みを甥の家に向けた。
 彼は近づいて戸を敲くだけの勇気を出す前に、何度も戸口を通り越したものだ。が、勇を鼓してとうとうそれをやっ附けた。
「御主人は御在宅かな」と、スクルージは出て来た娘に云った。好い娘だ! 本当に。
「いらっしゃいます。」
「どこにおいでかね」と、スクルージは訊いた。
「食堂にいらっしゃいます、奥様と御一緒に。それでは、お二階に御案内申しましょう。」
「有難うよ。御主人は俺《わし》を知ってだから」と、スクルージはもう食堂の錠の上に片手を懸けながら云った。「すぐにこの中に這入って行くよ、ねえ。」
 彼はそっとそれを廻わした。そし
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