いた。
「人の行く道は、それに固守して居れば、どうしてある定まった結果に到達する――それは前以て分りもいたしましょう」と、スクルージは云った。「が、その道を離れてしまえば、結果も変るものでしょう。貴方が私にお示しになることについても、そうだと仰しゃって下さいな!」
 精霊は依然として動かなかった。
 スクルージはぶるぶる慄えながら、精霊の方に這い寄った。そして、指の差す方角へ眼で従いながら、打捨り放しにされたその墓石の上に、「エベネザア・スクルージ」と云う自分自身の名前を読んだ。
「あの寝床の上に横わっていた男は私なのですか」と、彼は膝をついて叫んだ。
 精霊の指は墓から彼の方に向けられた、そしてまた元に返った。
「いえ、精霊殿、おお、いえ、いいえ!」
 指は矢張りそこにあった。
「精霊殿!」と、彼はその衣にしっかり噛じりつきながら叫んだ。「お聞き下さい! 私はもう以前の私では御座いません。私はこうやって精霊様方とお交りをしなかったら、なった筈の人間には断じてなりませんよ。で、若し私に全然見込みがないものなら、何故こんなものを私に見せて下さるのです?」
 この時始めてその手は顫えるように見えた。
「善良なる精霊殿よ」と、彼は精霊の前の地に領伏《ひれふ》しながら言葉を続けた。「貴方は私のために取り做して、私を憐れんで下さいます。私はまだ今後の心を入れ代えた生活に依って、貴方がお示しになったあの幻影を一変することが出来ると云うことを保証して下さいませ!」
 その親切な手はぶるぶると顫えた。
「私は心の中に聖降誕祭を祝います。そして、一年中それを守って見せます。私は過去にも、現在にも、未来にも(心を入れ代えて)生きる積りです。三人の精霊方は皆私の心の中にあって力を入れて下さいましょう。皆様の教えて下すった教訓を閉め出すような真似はいたしません。おお、この墓石の上に書いてある文句を拭き消すことが出来ると仰しゃって下さい!」
 苦悶[#「苦悶」は底本では「若悶」]の余りに、彼は精霊の手を捕えた。精霊はそれを振り放とうとした。が、彼も懇願にかけては強かった。そして、精霊を引き留めた。が、精霊の方はまだまだ強かったので、彼を刎ね退けた。
 自己の運命を引っ繰り返して貰いたさの最後の祈誓に両手を差上げながら、彼は精霊の頭巾と着物とに一つの変化を認めた。精霊は縮まって、ひしゃげて、小さくなって、一つの寝台の上支えになってしまった。

   第五章 大団円

 そうだ! しかもその寝台の柱は彼自身の所有《もの》であった。寝台も彼自身のものなら、部屋も彼自身のものであった。別けても結構で嬉しいことには、彼の前にある時が、その中で埋め合せをすることの出来るような、彼自身のものであった。
「私は過去においても、現在においても、また未来においても生きます!」と、スクルージは寝台から這い出しながら、以前の言葉を繰り返した。「三人の精霊は私の心の中に在って皆力を入れて下さるに違いない。おお、ジェコブ・マアレイよ。この事のためには、神も聖降誕祭の季節も、褒め讃えられてあれよ。私は跪いてこう申上げているのだ、老ジェコブよ、跪いてからに!」
 彼は自分の善良な企図に昂奮し熱中するのあまり、声まで途切れ途切れになって、思うように口が利けない位であった。先刻《さっき》精霊と啀《いが》み合っていた際、彼は頻りに啜り泣きをしていた。そのために彼の顔は今も涙で濡れていた。
「別段引き千断られてはいないぞ」と、スクルージは両腕に寝台の帷幄の一つを抱えながら叫んだ。「別段引き千断られてはいないぞ、鐶も何も彼も。みんなここにある――私もここに居る――(して見ると、)ああ云う事になるぞと云われた物の影だって、消せば消されないことはないのだ。うむ、消されるともきっと消されるとも!」
 その間彼の手は始終忙しそうに着物を持て扱っていた。それを裏返して見たり、上下逆様に着て見たり、引き千断ったり、置き違えたりして、ありとあらゆる目茶苦茶のことに仲間入りをさせたものだ。
「どうしていいか分からないな!」と、スクルージは笑いながら、同時にまた泣きながら喚いた。そして、靴下を相手にラオコーンそっくりの様子をして見せたものだ。「俺は羽毛《はね》のように軽い、天使のように楽しく、学童のように愉快だよ。俺はまた酔漢《よっぱらい》のように眼が廻る。皆さん聖降誕祭お目出度う! 世界中の皆さんよ、新年お目出度う! いよう、ここだ! ほーう! ようよう!」
 彼は居間の中へ跳ね出した。そして、すっかり息を切らしながら、今やそこに立っていた。
「粥の入った鍋があるぞ」と、スクルージはまたもや飛び上がって、煖炉の周りを歩きながら呶鳴った。「あすこに入口がある、あすこからジェコブ・マアレイの幽霊は這入って来たのだ
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