等はまたもやひっそりとなった。が、漸くにして、彼女は云った、それもしっかりした元気の好い声で――それは一度慄えただけであった。――
「阿父さんは好くちび[#「ちび」に傍点]のティムを肩車に乗せてお歩きになったものだがねえ、それもずいぶん速くさ。」
「僕もおぼえています」と、ピータアは叫んだ。「たびたび見ましたよ。」
「わたしも覚えていますわ」と、他の一人が叫んだ。つまり皆が皆覚えているのであった。
「何しろあの児は軽かったからね」と、彼女は一心に仕事を続けながら、再び云った。「それに阿父さんはあの児を可愛がっておいでだったので、肩車に乗せるのが些《ちっ》とも苦にならなかったのだよ、些とも。ああ阿父さんのお帰りだ!」
彼女は急いで迎えに出た。そして、襟巻に包《くる》まった小ボブ――実際彼には慰安者(註、原語では襟巻と慰安者の両語相通ず。)が必要であった、可哀そうに――が這入って来た。彼のためにお茶が炉棚の上に用意されていた。そして、一同の者は誰が一番沢山彼にそのお茶の給仕をするかと、めいめい先を争ってやって見た。その時二人の小クラチットどもは彼の膝の上に乗って、それぞれその小さい頬を彼の顔に押し当てた――「阿父さん、気に懸けないで頂戴ね、泣かないで下さいね」とでも云うように。
ボブは彼等と一緒に愉快そうであった。そして、家内中の者にも機嫌よく話しをした。彼は卓子の上の縫物を見やった。そして、クラチットのお主婦《かみ》さんや娘どもの出精と手ばやさとを褒めた。(そんなに精を出したら、)日曜日(註、この日が葬式の日と定められたものらしい。)のずっと前に仕上げてしまうだろうよと云ったものだ。
「日曜日ですって! それじゃあなたは今日行って来たんですね? ロバート」と、彼の妻は云った。
「ああそうだよ」と、ボブは返辞をした。「お前も行かれると好かったんだがね。あの青々した所を見たら、お前もさぞ晴れ晴れしたろうからね。なに、これから度々見られるんだ。いつか私は日曜日にはいつもあそこへ行く約束をあの子にしたよ。ああ小さい、小さい子供よ」と、ボブは叫んだ。「私の小さい子供よ。」
彼は急においおい泣き出した。どうしても我慢することが出来なかったのだ。それを我慢することが出来るようなら、彼とその子供とは、恐らくは彼等が現在あるよりもずっと遠く離れてしまったことであろう。
彼はその室を出て、階段を上って二階の室へ這入った。そこには景気よく灯火《あかり》が点いて、聖降誕祭のお飾りが飾ってあった。そこにはまた死んだ子の傍へくっ附けるようにして、一脚の椅子が置いてあった。そして、つい[#「つい」に傍点]今し方まで誰かがそこに腰掛けていたらしい形跡があった。憐れなボブはその椅子に腰を下ろした。そして、少時考えていた後で、やや気が落ち着いた時、彼は死んだ子の冷たい顔に接吻した。こうして彼は死んだものはもう仕方がないと諦めた。そして、再び晴れやかな気持になって降りて行った。
一同の者は煖炉の周囲にかたまって話し合った。娘達と母親はまだ針仕事をしていた。ボブはスクルージの甥が非常に親切にしてくれたと一同の者に話した。彼とはやっと一度位しか会ったことがないのだが、今日途中で会った時、自分が少し弱っているのを見て、――「お前も知っての通り、ほん[#「ほん」に傍点]の少し許り弱っていたんだね」と、ボブは云った。――何か心配なことが出来たのかと訊いてくれた。「それを聞いて」と、ボブは云った。「だって、あの方はとても愉快に話しをする方だものね、そこで私も訳を話したのさ。すると、『そりゃ本当にお気の毒だね、クラチット君、貴方の優しい御家内のためにも心からお気の気だと思うよ』と云って下さった。時に、どうしてあの人がそんな事を知っているんだろうね? 私には分からないよ。」
「何を知っているのですって、貴方?」
「だって、お前が優しい妻《さい》だと云うことをさ」と、ボブは答えた。
「誰でもそんなことは知ってますよ」と、ピータアは云った。
「よく云ってくれた、ピータア」と、ボブは叫んだ。「誰でも知ってて貰いたいね。『貴方の優しい御家内のためには心からお気の毒で』と、あの方は云って下すったよ。それから『何か貴方のお役に立つことが出来れば』と、名刺を下すってね、『これが私の住居《すまい》です。なにとぞ御遠慮なく来て下さい』と云って下さったのさ。私がそんなに喜んだのは、なにもあの方が私達のために何かして下さることが出来るからってえんじゃない。いや、それもないことはないが、それよりもただあの方の親切が嬉しかったんだよ、親切がさ。実際あの方は私達のちび[#「ちび」に傍点]のティムのことを好く知ってでもいらして、それで私達に同情して下さるのかと思われる位だったよ。」
「本当に好い方です
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