るのを見たくなかった。で、まだ早いのに押入れの戸の蔭から出て来た。そして、彼の両腕の中に走り寄った。その間二人の小クラチットどもはちび[#「ちび」に傍点]のティムをぐいぐい引っ張って、鍋の中でぐつぐつ煮えている肉饅頭の歌を聞かせてやろうと台所へ連れて行った。
「で、ティムはどんな風でした?」と、クラチット夫人は、先ずボブが軽々しく人の云うことを本気にするのを冷かし、ボブはまた思う存分娘を抱き締めた後で、こう訊ねた。
「黄金のように上等だった」と、ボブは云った。「もっと善かったよ。あんなに永く一人で腰掛けていたもので、どうやらこう考え込んでしまったんだね。そして、誰も今まで聞いたこともないような不思議な事を考えているんだよ。帰り途で、私にこう云うんだ、教会の中で衆皆《みんな》が自分を見てくれれば可いと思った。何故なら自分は跛者だし、聖降誕祭の日に、誰が跛者の乞食を歩かせたり、盲人を見えるようにして下さったかと云うことを想い出したら、あの人達も好い気持だろうからとこう云うんだよ。」
 皆にこの話をした時、ボブの声は顫えていた。そして、ちび[#「ちび」に傍点]のティムも段々しっかりして達者になって来たと云った時には、一層それが顫えていた。
 せわしない[#「せわしない」に傍点]、小さな撞木杖の音が床の上に聞えた。そして、次の言葉がまだ云い出されないうちに、ちび[#「ちび」に傍点]のティムは彼の兄や姉に護られて、もう煖炉の傍の自分の床几に戻って来た。その間ボブは袖口をまくり上げて――気の毒な者よ、あんな袖口がこの上まで汚《よご》れようがあるか何ぞのように――ジン酒と檸檬で鉢の中に一種の熱い混合物《まぜもの》を拵えた。そして、それをぐるぐる掻き廻してから、とろ[#「とろ」に傍点]火で煮るために炉側の棚の上に載せた。ピーター君と二人のちょこまか[#「ちょこまか」に傍点]した小クラチットどもは鵞鳥を取りに出掛けたが、間もなくそれを持って仰々しい行列を作って帰って来た。
 あらゆる鳥の中で鵞鳥を最も稀有なものと、諸君が思われたかも知れないような騒ぎが続いて起った。羽の生えた怪物、それに比べては、黒い白鳥も異とするに足りない――で、実際この家では鵞鳥がまずそれと同じようなものであった。クラチット夫人は肉汁(前以て小さな鍋に用意して置いた)をシューシュー煮立たせた。ピータア君はほとんど
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