云われたのを聞いたことがあるように追想した。
あなぐらの戸はぶんと[#「ぶんと」は底本では「ふんと」]唸りを立てて開いた。それから彼は前よりも高くなったその物音を階下の床の上に聞いた。それから階子段を上って来るのを、それから真直に彼の室の戸口の方へやって来るのを聞いた。
「まだ馬鹿な真似をしてやがる!」と、スクルージは云った。「誰がそれを本気に受けるものか。」
とは云ったものの、一瞬の躊躇もなく、それが重い戸を通り抜けて室の中へ、しかも彼の眼の前まで這入り込んで来た時には、彼も顔色が変った。それが這入って来た瞬間に、消えかかっていた(蝋燭の)焔はちょうど「私は彼を知っている! マアレイの幽霊だ!」とでも叫ぶように、ぱっと跳ね上がって、また暗くなった。
同じ顔、紛れもない同じ顔であった。弁髪を着けた、いつもの胴衣に、洋袴に、長靴を着けた、マアレイであった。靴に附いた※[#「糸+遂」、24−18]《ふさ》は、弁髪や、上衣の裾や、頭の髪と同じように逆立っていた。彼の曳き摺って来た鎖は腰の周りに絡みついていた。それは長いもので、ちょうど尻尾のように、彼をぐるぐる捲いていた。それは(スクルージは精密にそれを観察して見た)、弗箱や、鍵や、海老錠や、台帳や、証券や、鋼鉄で細工をした重い財嚢やで出来ていた。彼の体躯は透き通っていた。そのために、スクルージは、彼を観察して、胴衣を透かして見遣りながら、上衣の背後に附いている二つの釦子《ぼたん》を見ることが出来た位であった。
スクルージはマアレイが腸《はらわた》を持たないと云われていたのを度々聞いたことがあった。が、今までは決してそれを本当にしてはいなかった。
いや、今でもそれを本当にはしなかった。彼は幽霊をしげしげと[#「しげしげと」は底本では「しけじけと」]見遣って、それが自分の前に立っているのだとは承知してはいたけれども、その死のように冷い眼の人をぞっとさせるような影響を感じてはいたけれども、また頭から顎へかけて捲き附けていた褶んだ半帛の布目に気が附いてはいたけれども――こんな物を捲き附けているのを彼は以前見たことがなかった、――それでもまだ彼は本当に出来なくって、我と我が感覚を疑おうとした。
「どうしたね!」と、スクルージは例の通り皮肉に冷淡に云った。「何ぞ私に用があるのかね。」
「沢山あるよ。」――マアレイの声だ、疑
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