、朝に晩にそれを見ていたと云うことも事実である。またスクルージは、倫敦《ロンドン》市民の何人《だれ》とも、市の行政団体、市参事会、組合員などを引っ包めても――引っ包めてもと云うのは少し大胆だが、倫敦市中の何人《だれ》とも同じように、所謂想像力なるものを余り持っていなかったと云うことも事実その通りである。またスクルージは、この日の午後七年前に死んだ仲間のことを口にした切りで、それ以来少しもマアレイの上に思いを致さなかったと云うことも心に留めて置いて貰いたい。で、そうした上で、スクルージが、戸の錠前に鍵を押し込んでから、それがいつの間にどうして変ったと云うこともないのに、その戸敲きを戸敲きと見ないで、マアレイの顔と見たと云うことは、一体どうしたことであろうか、それを説明の出来る人があったら、誰でもいいから説明して貰いたい。
 マアレイの顔。それは中庭にある外の物体のように、見透かせない闇の中にあるのではなく、真暗なあなぐらの中にある腐敗した海老のように、気味の悪い光を身の周りに持っていた。それは怒ってもいなければ、猛々しい顔でもない。その昔マアレイが物を見る時の容子そっくりの容子をして、すなわちその幽霊然たる額に幽霊然たる眼鏡を掻き上げて、じっとスクルージを見遣った。頭髪は息か熱した空気でも吹きかけられているように、へんてこに動いていた。そして眼はぱっちり開いていたが、まるで動かなかった。その眼とどす黒い顔の色とはその顔をぞっと怖毛《おじけ》の立つような気味の悪いものにした。が、その顔の気味悪さは顔とは全然無関係で、顔の表情の一部分というよりも、むしろその支配を超脱しているように思われた。
 スクルージがこの現象を眼を凝らして見ると、それはまた一つの戸敲きであった。彼はどきりともしなかった、または彼の血は赤児の時から恐ろしいというような感じは知らないで通して来たが、今もその感じを意識しなかったなぞと云えば、それは嘘だ。が、しかし彼は一たび放した鍵に手を掛けて、頑強にそれを廻わした。それから中へ這入って蝋燭を点けた。
 彼は戸を閉める前に、一寸躊躇して手を控えた。そして、廊下の方へ出っ張っているマアレイの弁髪を見て脅かされることだろうと、半ばそれを待ち設けてでもいるように、先ずその戸の背後を用心深く見廻わした。が、その戸の裏には、戸敲きを留めてあった螺旋と女螺旋との外には
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