、またこれ等の謎の解決を容易にしてくれるだろうと云う期待を持っていたからである。
彼は自分の姿を求めて、その場で四辺を見廻わした、が、自分の居馴れた片隅には他の男が立っていた。そして、時計は自分がいつもそこに出掛けている時刻を指していたけれども、玄関から流れ込んで来る群衆の中に自分に似寄った影も見えなかった。とは云え、それはさして彼を驚かさなかった。何しろ心の中に生活の一変を考え廻らしていたし、またその変化の中では新たに生れた自分の決心が実現されるものと考えてもいたし、望んでもいたからである。
静かに黒く、精霊はその手を差し伸べたまま彼の傍に立っていた。彼が考えに沈んだ探究から眼を覚ました時、精霊の手の向き具合と自分に対するその位置から推定して、例の見えざる眼は鋭く自分を見詰めているなと思った。そう思うと、彼はぞっと身顫いが出て、ぞくぞく寒気がして来た。
二人はその繁劇な場面を捨てて、市中の余り人にも知られない方面へ這入り込んで行った。スクルージも兼てそこの見当も、またこの好くない噂も聞いてはいたが、今までまだ一度も足を踏み入れたことはなかった。その往来は不潔で狭かった。店も住宅もみすぼらしいものであった。人々は半ば裸体で、酔払って、だらしなく、醜くかった。路地や拱門路からは、それだけの数の下肥溜めがあると同じように、疎らに家の立っている街上へ、胸の悪くなるような臭気と、塵埃と、生物とを吐き出していた。そして、その一廓全体が罪悪と汚臭と不幸とでぷんぷん臭っていた。
このいかがわしい罪悪の巣窟の奥の方に、葺卸屋根の下に、軒の低い、廂の出張った店があって、そこでは鉄物や、古襤褸や、空壜、骨類、脂のべとべとした腸屑(わたくず)などを買入れていた。内部の床の上には、銹ついた鍵だの、釘だの、鎖だの、蝶番いだの、鑪だの、秤皿だの、分銅だの、その他あらゆる種類の鉄の廃物が山の様に積まれてあった。何人も精査することを好まないような秘密が醜い襤褸の山や、腐った脂身の塊りや、骨の墓場の中に育まれかつ隠されていた。古煉瓦で造った炭煖炉を傍にして、七十歳に近いかとも思われる白髪の悪漢が自分の売買する代物の間に坐り込んでいた。この男は一本の綱の上に懸け渡した種々雑多な襤褸布を穢《むさ》くるしい幕にして、戸外の冷たい風を防いでいた。そして、穏やかな隠居所にぬくぬく暖まりながら、呑気に烟
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