云うのは、むしろ市の方で二人の周囲に忽然湧き出して、自ら進んで二人を取り捲いたように思われたからである。が、(いずれにしても)彼等は市の中心にいた。すなわち取引所に、商人どもの集っている中にいた。商人どもは忙しそうに往来したり、衣嚢の中で金子をざくざく鳴らせたり、幾群れかになって話しをしたり、時計を眺めたり、何やら考え込みながら自分の持っている大きな黄金の刻印を弄《いじ》ったりしていた。その他スクルージがそれまでによく見掛たような、いろいろな事をしていた。
精霊は実業家どもの小さな一群の傍に立った。スクルージは例の手が彼等を指差しているのを見て、彼等の談話を聴こうと進み出た。
「いや」と、恐ろしく頤の大きな肥った大漢が云った。「どちらにしても、それについちゃ好くは知りませんがね。ただあの男が死んだってことを知っているだけですよ」
「いつ死んだのですか」と、もう一人の男が訊ねた。
「昨晩だと思います。」
「だって、一体いかがしたと云うのでしょうな?」と、またもう一人の男が非常に大きな嗅煙草の箱から煙草をうん[#「うん」に傍点]と取り出しながら訊いた。「あの男ばかりは永劫死にそうもないように思ってましたがね。」
「そいつは誰にも分りませんね」と、最初の男が欠呻まじりに云った。
「一体あの金子はいかがしたのでしょうね?」と、鼻の端に雄の七面鳥のえら[#「えら」に傍点]のような瘤をぶらぶら下げた赤ら顔の紳士が云った。
「それも聞きませんでしたね」と、頤の大きな男がまた欠呻をしながら云った、「恐らく同業組合の手にでも渡されるんでしょうよ。(とにかく)私には遺して行きませんでしたね。私の知っているのはこれっきりさ。」
この冗談で一同はどっと笑った。
「極く安直《あんちょく》なお葬《とむらい》でしょうな」と、同じ男が云った。「何しろ会葬者があると云うことは全然《まるで》聞かないからね。どうです、我々で一団体つくって義勇兵になっては?」
「お弁当が出るなら行っても可いがね」と、鼻の端に瘤のある紳士は云った。「だが、その一人になるなら、喰わせるだけは喰わせて貰わなくっちゃね。」
一同また大笑いをした。
「ふうむ、して見ると、諸君のうちでは結局僕が一番廉潔なんだね」と、最初の話手は云った。「僕はこれまでまだ一度も黒い手嚢を嵌めたこともなければ、お葬礼の弁当を喫べたこともないからね
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