[から端まで五千ブラストラグにわたり、帝王中の帝王として、人の子より背が高く、足は地軸にとゞき、頭は天を突き、一度首を振れば草木もなびき、その徳は春、夏、秋、冬に通じる。こゝにこの大皇帝は、この頃、わが神聖なる領土に到着した人間山に対し、次の条項を示し、厳粛に誓わせ、その実行を求めるものである。
第一 人間山は朕の許可状なしに、この国土を離れることはできない。
第二 人間山は朕が特に許した場合でなくては、勝手に首都に入ることはできない。首都に入るときは、市民は二時間前に、家の中に引っ込んでいるように注意されることになっている。
第三 人間山の歩いてもいゝ場所は主要国道だけに限られている。牧場や畠地を歩いたり、そこで寝ころんだりすることは許されない。
第四 人間山が主要国道を歩く際には、朕の良民、馬、車などを踏みつけないよう、よく注意すること。また良民の承知なしに矢鱈《やたら》に人をつまみあげて掌に乗せることはできない。
第五 急用の使が要る際には、毎月一回、その伝令と馬を人間山のポケットに入れて運ぶこと。また場合によっては、さらにこれを宮廷に送り返さねばならない。
第六 人間山は朕の同盟者となり、ブレフスキュ島の敵を攻め、朕の国をねらう敵艦隊を打ち滅ぼすことに努力しなければならない。
第七 人間山は閑《ひま》のときには、朕の労役者の手助をして、公園その他帝室用建物の外壁に大きな石を運搬するのを手伝わねばならぬ。
第八 人間山は二ヵ月以内に、海岸を一周して歩き、その距離をはかり、朕の領土の地図を作って出すこと。
第九 これまで述べた条項をよく謹んで守るならば、人間山は毎日、朕の良民千七百二十四人分の食料と飲料を与えられ、自由に朕の近くに侍ることを許され、その他、いろいろ優遇されるであろう。
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ベルファボラック皇宮にて
聖代第九十一月十二日」
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私は大喜びで満足し、誓いのサインをしました。たゞ、この条項の中には、提督ボルゴラムが悪意で押しつけたものもあり、あまり有り難くないものもありましたが、それはどうも仕方のないことでした。
すぐに私の鎖は解かれました。私は全く自由の身になったのです。この儀式には、皇帝もわざ/\出席されました。私は陛下の足許にひれふして感謝しました。すると皇帝は私に、「立て」と仰せになり、それから、いろ/\と有り難い言葉を賜《たまわ》りました。国家有用の人物となり、陛下の恩にそむかないようにしてもらいたいというお言葉でした。
4 宮殿見物
鎖を解かれたので、私は、この国の首府ミレンドウを見物させていたゞけないでしょうか、と皇帝にお願いしました。皇帝はすぐ承知されました。たゞ、住民や家屋を傷つけないよう、注意せよ、と言われました。
私が首都を訪問することは、前もって、市民に知らされていました。街を囲んでいる城壁は、高さ二フィート半、幅は少くとも十一インチありますから、その上を馬車で走っても安全です。城壁には十フィートおきに、丈夫な塔が築いてあります。
西の大門を、一またぎで越えると、私はそろっと横向きになって、静かに歩きだしました。上衣の裾《すそ》が、人家の屋根や軒にあたるといけないので、それは脱いで、手にかゝえ、チョッキ一つになって、歩いて行きます。市民は危険だから外に出ていてはいけない、という命令は前から出ていたのですが、それでも、まだ街中をうろ/\している人もいます。踏みつぶしでもすると大へんですから、私はとても気をくばって歩きました。
屋根の上からも、家々の窓からも、見物人の顔が一ぱいのぞいています。私もずいぶん旅行はしましたが、こんなに大勢、人の集っているところは見たことがありません。市街は正方形の形になっていて、城壁の四辺はそれ/″\五百フィートです。全市を四つに分けている、十文字の大通りの幅は五フィート。私は小路や横町には、入れないので、たゞ上から見て歩きました。街の人口は五十万。人家は四階建から六階建まであり、商店や市場には、なか/\、いろんな品物があります。
皇帝の宮殿は、街の中央の、二つの大通りが交叉するところにあります。高さ二フィートの壁で囲まれ、他の建物から、二十フィート離れています。私は皇帝のお許しを得て、この壁をまたいで越えました。壁と宮殿との間には、広い場所がありますから、私はそこで、あたりをよく見まわすことができました。外苑は方四十フィート、そのほかに二つの内苑があります。一番奥の庭に御座所があるのです。
私はそこへ行ってみたくてたまらなかったのですが、どうもこれは無理でした。なにぶん、広場から広場へ通じる大門というのが、たった十八インチの高さ、幅はわずかに七インチです。それに、外苑の建物というのは、みな高さ五フィート以上で、壁は厚さ四インチもあり、丈夫な石で出来ていますが、それを私がまたいで行ったら、建物がこわれてしまいそうなのです。
ところが、皇帝の方ではしきりに、御殿の美しさを見せてやろう、と仰せになります。その日は御殿を見るのは、あきらめて帰りましたが、ふと、私はいゝことを思いつきました。
翌日、私は市街から百ヤードばかり離れたところの林に行って、一番高そうな木を、五六本、小刀で切り倒しました。それで、高さ三フィートの踏台を二つ、私が乗っても、グラつかないような、丈夫な踏台を作りました。
これが出来上ると、私はまた市街見物を皇帝にお願いしました。市民には、また家の中に引っ込んでいるよう、お達しが出ます。
そこで、私は二つの踏台をかゝえて、市街を通って行きました。外苑のほとりに来ると、私は一つの踏台の上に立ち上り、もう一つの踏台は手に持ちました。そして、手の方の踏台を屋根越しに高く持ち上げ、第一の内苑と第二の内苑の間にある、幅八フィートの空地へ、そっとおろしました。
こんなふうにして、私は建物をまたいで、一方の踏台から、もう一方の踏台へ、乗り移って行くことができました。乗り捨てた方の踏台は、棒の先につけた鈎で、釣り寄せて、拾い上げるのです。こういうことを繰り返して、私は一番奥の内庭まで来ました。そこで、私は横向きに寝ころんで、二三階の窓に、顔をあてゝみました。窓はわざと開け放しにされていましたが、その室内の立派なこと、どの部屋も、目がさめるばかりの美しさです。
皇后も皇子たちも、従者たちと一しょに、それ/″\、部屋に坐っておられます。皇后は、私を御覧になると、やさしく笑顔を向けられ、わざ/\窓から、手をお出しになります。私はその手をうや/\しくいたゞいてキスしました。
私が自由な身になってから、二週間ぐらいたった頃のことでした。ある朝、宮内大臣のレルドレザルがひょっこり、一人の従者をつれて、私を訪ねて来ました。乗って来た馬車は、遠くへ待たしておき、彼は、
「一時間ばかりお話がしたいのです。」
と私に面会を申し込みました。
私がしきりに皇帝へ嘆願書を出していた頃、彼にはいろ/\世話になったのです。で、私はすぐ彼の申込みを承知しました。
「なんなら私は横になりましょうか。そうすれば、あなたの口は、この耳許にとゞいて、お互に話しいゝでしょう。」
「いや、それよりか、あなたの掌の上に乗せてください。その上で、私は話しますから。」
私が彼を掌に乗せてやると、彼はまず、私が釈放されたことのお祝いを述べました。
「あなたを自由の身にするについては、私もだいぶ骨折ったのです。だが、それも現在、宮廷にいろ/\混みいった事情があったからこそ、うまくいったのです。」
と、彼は宮廷の事情を次のように話してくれました。
「今、わが国の状態は、外国人の眼には隆盛に見えるかもしれませんが、内幕は大へんなのです。一つは、国内に激しい党派争いがあり、もう一つは、ある極めて強い外敵から、わが国はねらわれていて、この二つの大事件に悩まされているのです。
まず、国内の争いの方から説明しますが、この国では、こゝ七十ヵ月以上というもの、トラメクサン党とスラメクサン党という、二つの政党があって、絶えず争っているのです。この党派の名前は、はいている靴の踵《かかと》の高さからつけられたもので、踵の高いか、低いかによって区別されています。一般にわが国の昔からのしきたりでは、高い踵の方をいゝとしていました。
ところが、それなのに、皇帝陛下は、政府の方針として、低い踵の方ばかりを用いることに決められました。特に陛下の靴など、宮廷の誰の靴よりも一ドルル(ドルルは一インチの約十四分の一)だけ踵が低いのです。この二つの党派の争いは、大へん猛烈なもので、反対党の者とは、一しょに飲食もしなければ、話もしません。数ではトラメクサン、すなわち高党の方が多数なのですが、実際の勢力は、われ/\低党の方が握っています。
たゞ心配なのは、皇太子が、どうも高党の方に傾いていられるらしいのです。その証拠には、皇太子の靴は、一方の踵が他の一方の踵より高く、歩くたびにびっこ[#「びっこ」に傍点]をひいていられるのです。
ところが、こんな党派争いの最中に、われ/\はまた、ブレフスキュ島からの敵にねらわれ、脅かされているのです。ブレフスキュというのは、ちょうどこの国と同じぐらいの強国で、国の大きさからいっても、国力からいっても、ほとんど似たりよったりなのです。
あなたのお話によると、なんでも、この世界には、まだいろ/\国があって、あなたと同じぐらいの大きな人間が住んでいるそうですが、わが国の学者は大いに疑っていて、やはり、あなたは月の世界か、星の世界から落ちて来られたものだろうと考えています。それというのも、あなたのような人間が百人もいれば、わが国の果実も家畜も、すぐ食いつくされてしまうではありませんか。それに、この国六千月の歴史を調べてみても、リリパットとブレフスキュの二大国のほかに、国があるなどとは、本に書いてありません。
ところで、この二大国のことですが、この三十六ヵ月間というもの、実にしつこく、実にうるさく、戦争をつゞけているのです。事の起りというのは、こうなのです。もともと、われ/\が卵を食べるときには、その大きい方の端を割るのが、昔からのしきたりだったのです。
ところが、今の皇帝の祖父君が子供の頃、卵を食べようとして、習慣どおりの割り方をしたところ、小指に怪我をされました。さあ、大へんだというので、ときの皇帝は、こんな勅令を出されました。『卵は小さい方の端を割って食べよ。これにそむくものは、きびしく罰す。』と、このことは、きびしく国民に命令されました。だが、国民はこの命令をひどく厭がりました。歴史の伝えるところによると、このために、六回も内乱が起り、ある皇帝は、命を落されるし、ある皇帝は、退位されました。
ところが、この内乱というのは、いつでもブレフスキュ島の皇帝が、おだてゝやらせたのです。だから内乱が鎮まると、いつも謀反人《むほんにん》はブレフスキュに逃げて行きました。とにかく、卵の小さい端を割るぐらいなら、死んだ方がましだといって、死刑にされたものが一万一千人からいます。この争いについては、何百冊も書物が出ていますが、大きい端の方がいゝと書いた本は、国民に読むことを禁止されています。また、大きい端の方がいゝと考える人は、官職につくこともできません。
ところで、ブレフスキュ島の皇帝は、こちらから逃げて行った謀反人たちを非常に大切にして、よく待遇するし、おまけに、こちらの反対派も、こっそりこれを応援するので、二大国の間に三十六ヵ月にわたる戦争がはじまったのです。その間にわが国は、四十隻の大船と多数の小舟と、それから、三万人の海陸兵を失いました。が、敵の損害は、それ以上だろうといわれています。
しかし、今また敵は新しく、大艦隊をとゝのえ、こちらに向って攻め入ろうとしています。それで、皇帝陛下は、あなたの勇気と力を非常に信頼されているので、このことを、あなたと相談してみてくれ、と言われ、私を差し向け�
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