竄フ鉢の中にほうりこむと、そのまゝ一散に逃げ出しました。私はまっ逆さに落されましたが、あのとき、もし泳げなかったら大へんでした。ちょうど、グラムダルクリッチは、そのとき、部屋の向うの方に行っていましたし、王妃は驚きのあまり、私を助けることを忘れていられました。私がしばらく鉢の中で泳ぎまわっていると、乳母さんが駈けつけて救い出してくれましたが、そのときはもうクリームをずいぶん飲んでいました。
 私はさっそくベッドに寝かされました。まあ損害といったら、着物一着がすっかり駄目になったことぐらいでした。侏儒はひどく鞭で打たれ、罰として鉢の中のクリームを全部飲まされることになりました。そしてその後、侏儒は王妃から愛想をつかされ、間もなく他の貴婦人にやってしまわれました、だからそれっきり、二度と彼の顔を見なくてすんだので、私はほっとしました。
 私は臆病者だといって、王妃からよくからかわれました。
 そして、王妃は、お前の国の者はみんなそんなに臆病なの、とよくお聞きになります。それには、ちょっと訳があるのです。この国では、夏になると、蠅が一ぱい出ます。ところが、その蠅というのが、雲雀ほどの大きさですし、この厭ったらしい虫が、食事中も、ぶん/\耳許で唸りつゞけるので私はちっとも落ち着けません。ときによると、食物の上にとまって、汚い汁や、卵を残してゆきます。ところが、この国の人たちの目には、それが一向に見えないのですが、私の目には実によく見えるのです。とき/″\、蠅は、私の鼻や額にとまって痛く刺したり、厭な臭を出します。
 蠅の足の裏側には、ねば/\したものがくっついているので、それで、天井を逆さまに歩くことができるのだ、と、博物学者たちは言っていますが、私の目には、あのねば/\したものまで、実にはっきり見えるのです。私はこの憎ったらしい動物から、身を守るのに、大へん閉口しました。顔などにとまられると、思わず跳び上ったものです。ところが、侏儒の奴はいつもこの蠅を五六匹、ちょうど、小学生がよくやるように、手につかんで来ては、いきなり私の鼻の先に放すのです。これは私を驚かして、王妃の御機嫌をとるつもりなのでした。私は飛んで来る奴をナイフで斬りつけるばかりでした。この私の腕前は、みんなからほめられました。
 今でもよくおぼえていますが、ある朝、グラムダルクリッチは、私を箱に入れたまゝ、窓
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