方はこの世に亡《な》い人。この世に亡い人なら、如何《いか》なる秘密をここで打明けたところが、一向|差支無《さしつかへな》からうと私は思ふ。若《も》し命の親とすればです、猶更《なおさら》その者に裹《つつ》み隠す事は無いぢやありませんか。私は何も洒落《しやれ》に貴下方のお話を聴かうと云ふのぢやありません、可うございますか、顕然《ちやん》と聴くだけの覚悟を持つて聴くのです。さあ、お話し下さい!」

     第 五 章

 貫一は気を厳粛《おごそか》にして逼《せま》れるなり。さては男も是非無げに声|出《いだ》すべき力も有らぬ口を開きて、
「はい御深切に……難有《ありがた》う存じます……」
「さあ、お話し下さい」
「はい」
「今更お裹《つつ》みなさる必要は無からう、と私は思ふ。いや、つい私は申上げんでをつたが、東京の麹町《こうじまち》の者で、間《はざま》貫一と申して、弁護士です。かう云ふ場合にお目に掛るのは、好々《よくよく》これは深い御縁なのであらうと考へるのですから、決して貴下方の不為《ふため》に成るやうには取計ひません。私も出来る事なら、人間|両個《ふたり》の命を拯《すく》ふのですから、ど
前へ 次へ
全708ページ中646ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング