あらずや、と台所の小窓より差覗《さしのぞ》けば、彼の外には人も在らぬに、在るが如く語るなり。その語るところは婢の耳に聞分けかねたれど、我子がここの主《あるじ》に欺かれて無実の罪に陥されし段々を、前後不揃《あとさきぶぞろひ》に泣いつ怒りつ訴ふるなり。
第 七 章
子の讐《かたき》なる直行が首を獲《え》んとして夕々《ゆふべゆふべ》に狂女の訪ひ来ること八日に※[#「※」は「しんにょう+台」、269−8]《およ》べり。浅ましとは思へど、逐《お》ひて去らしむべきにあらず、又|門口《かどぐち》に居たりとて人を騒がすにもあらねば、とにもかくにも手を着けかねて棄措《すておか》るるなりき。直行が言へりし如く、畢竟《ひつきよう》彼は何等の害をも加ふるにあらざれば、犬の寝たると太《はなは》だ択《えら》ばざるべけれど、縮緬《ちりめん》の被風《ひふ》着たる人の形の黄昏《たそが》るる門の薄寒きに踞《つくば》ひて、灰色の剪髪《きりがみ》を掻乱《かきみだ》し、妖星《ようせい》の光にも似たる眼《まなこ》を睨反《ねめそら》して、笑ふかと見れば泣き、泣くかと見れば憤《いか》り、己《おのれ》の胸のやうに際《そ
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