死苦の若《し》かざる絶痛を与ふるを思ひては、彼はよし天に人に憤るところあるも、懼《おそ》るべき無しと為《せ》るならん。貫一の最も懼れ、最も憚るところは自《みづから》の心のみなりけり。
第 八 章
用談果つるを俟《ま》ちて貫一の魚膠無《にべな》く暇乞《いとまごひ》するを、満枝は暫《しば》しと留置《とどめお》きて、用有りげに奥の間にぞ入《い》りたる。その言《ことば》の如く暫し待てども出《い》で来《こ》ざれば、又|巻莨《まきたばこ》を取出《とりいだ》しけるに、手炉《てあぶり》の炭は狼《おほかみ》の糞《ふん》のやうになりて、いつか火の気の絶えたるに、檀座《たんざ》に毛糸の敷物したる石笠《いしがさ》のラムプの※[#「※」は「(諂−言)+炎」、185−6]《ほのほ》を仮りて、貫一は為《せ》う事無しに煙《けふり》を吹きつつ、この赤樫《あかがし》の客間を夜目ながら※[#「※」は「目+句」、185−7]《みまは》しつ。
袋棚《ふくろだな》なる置時計は十時十分前を指せり。違棚には箱入の人形を大小二つ並べて、その下は七宝焼擬《しつぽうやきまがひ》の一輪挿《いちりんざし》、蝋石《ろうせき》の
前へ
次へ
全708ページ中261ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング