つ音なへば、応ずる者無くて、再びする時聞慣れたる主《あるじ》の妻の声して、連《しきり》に婢《をんな》の名を呼びたりしに、答へざりければやがて自ら出《い》で来て、
「おや、さあ、お上んなさい。丁度好いところへお出《いで》でした」
 眼《まなこ》のみいと大くて、病勝《やまひがち》に痩衰《やせおとろ》へたる五体は燈心《とうしみ》の如く、見るだに惨々《いたいた》しながら、声の明《あきらか》にして張ある、何処《いづこ》より出《い》づる音《ね》ならんと、一たびは目を驚かし、一たびは耳を驚かすてふ、貫一が一種の化物と謂《い》へるその人なり。年は五十路《いそぢ》ばかりにて頭《かしら》の霜繁《しもしげ》く夫よりは姉なりとぞ。
 貫一は屋敷風の恭《うやうやし》き礼を作《な》して、
「はい、今日《こんにち》は急ぎまするので、これで失礼を致しまする。主人は今朝ほど此方《こちら》様へ伺ひましたでございませうか」
「いいえ、お出《いで》はありませんよ。実はね、ちとお話が有るので、お目に懸《かか》りたいと申してをりましたところ。唯今《ただいま》御殿へ出てをりますので、些《ちよつ》と呼びに遣りませうから、暫《しばら》
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